二百七十二話 夢と魔法の世界
『な、なんやここはっ!?』
「ふぁ、ふぁんたじぃ、でござるな」
ピンクのドアを抜けた先には、見たことがない幻想的な世界が広がっていた。
辺り一面に咲く花は色鮮やかで、近づくと意志を持っているかのように軽快に動き出す。
天高く伸びる大樹には、数えきれないほどの小鳥が羽を休め、なにやら明るい歌を口ずさんでいる。
その歌声を聞いて、小さな動物たちが集まって来るが、みんな二足歩行だ。
『え? なんなん? この世界感? うちら、どこに来たん? これ、夢なん?』
「わ、わからないでござるよ。もしかしたら、これがタクみんから聞いた、現実世界にある夢と魔法の国でござるかっ!?」
蝶ネクタイを付けたネズミ達が歌って踊る国と聞いていたでござるが……
「ちがいますね、これはおそらくタクミ様自身が作り出した世界です。ほら、ところどころに、その痕跡が……」
『あっ、ほんまやっ!! ほら、あそこっ、うちらが住んでた洞窟とそっくりやっ!!』
「円卓もあるでござるな。でもちょっとデザインが変わってるでござる。0から12の数字も、全部1になってるでござるよ」
あの数字は確か、ギルドランキングの順位を示す数字でござったが。
「みんな平等、みんな一等賞、そんなタクミ様の優しさが滲み出ていますね」
『そんなんどうでもええねんっ! タッくん、新しい世界作ってしまったんやでっ! ヤバすぎへんっ!?』
「そうでござるか? タクみんなら世界の一つや二つ、簡単に作ると思ってたでござるよ」
パパは創造神でござるし。
「確かに、今のタクミ様なら世界創造も造作もないことでしょう。しかし、これは恐らく無意識下での創造、そう、まるで現実逃避を具現化したような世界に思えます」
「そうでござるな。タクみんが自ら望んで作った世界なら、修行地獄へ誘う、修羅の国を作るはずでござる」
『いや、タッくん、そんなん作らへんわっ』
こんな世界を作ってまで逃げ出したいことが、タクみんの身に起こっているでござるか。
もしかしたら、あのナギサというクソビッチから逃げるために作った世界かもしれないでござる。
「とにかく、早くタクみんを見つけるでござるよっ、カルナ、鞘の反応はあるでござるかっ!?」
『めっちゃある。……あるねんけど、なんか、鞘の近くに別の気配がピッタリと』
嫌な予感がするでござる。まさか、タクみんとあのクソビッチが……
「それはどこでござるか?」
『そこやで』
洞窟の中。しかし、一歩踏み入れるとそこは、また別世界に繋がっていた。
「なんでござるかっ、ここはっ!? 変な鏡がいっぱいでござるよっ!!」
『テレビジョンやっ! なんやこれっ! 現実世界の部屋みたいやんかっ!』
「部屋いっぱいのテレビから流され続けるドラマの数々。エアコンの効いた部屋にリクライニングシート。床に散らばったお菓子やインスタント食品の残骸。自堕落ここに極まれり、といったとこでしょうか」
そういえば、タクみんが現実世界は甘い誘惑がいっぱいで恐ろしいと言ってたでござるが。
「ここにタクみんがっ、いるのでござるかっ!?」
「あれ? ロッカじゃないか。カルナまで連れてきてどうしたんだ?」
なんか、すっごいデブの人がすっごい早口で話しかけてきたでござる。部屋の真ん中にいたのに、布団をかぶって動かないから、ただの布団だと思っていたでござるよ。
「誰でござるか? 拙者のことを知ってるようでござるが……」
『いや、ロッカ。あれ、タッく……』
「拙者のタクみんは、あのようなデブではござらんっ!」
ちがう、断じてちがう。タクみんはっ、拙者のタクみんは超絶カッコいいナイスガイでござるっ!
あのように下っ腹がシャツからはみ出した、だらしない豚がタクみんのはず、ないでござるっ!!
『でも、うちの鞘腰に刺してるで。肉に埋もれてるけど』
「いやぁああーーーっ!! そんなもの、拙者の目には見えないでござるーーーっ!!」
タクみんが行方不明になって、まだ数日でござる。いくらなんでも、そんな短期間にここまでデブるわけないでござるよ。
『いや、なんかこの部屋おかしいで。まだ数分しかたってへんはずやのに、うちの魔力、かなりなくなってる』
「時空が歪んでますね。ほら、部屋にある時計の針が、見えないくらいに早く動いてます」
「ま、まさか、これは、六老導のヨロズが使ってた世界加速っ!?」
「うん、今解除するね」
部屋にかかっていた魔法が解けて、時計の針がゆっくりと時を刻む。
「見たいドラマいっぱいあったから、時間加速しちゃった」
「何をしているのでござるかぁぁあぁっ!!」
タクみんまで倍速で太ってしまったではござらんかっ!
いったいこの部屋は何倍速で加速していたのでござるかっ!?
『え? 時間加速してもうたら、ドラマも早すぎてわからへんのちゃうの?』
「世界加速の魔法は本人も同じように加速します。我々が探してた数日の間に、タクミ様の時間は数ヶ月も経っていたようですね」
こ、このままほっといたら、さらにおデブが加速するでござるっ!!
タクみんの手を引っ張って部屋から引きずり出す。
「ま、待って、あと1話で完結なんだよっ! 26話も見てきたんだっ! もぐもぐっ、あとちょっとだけっ、んぐんぐっ、ポテチうめぇ」
「ひぃぃっっ、タクみんの手がぁ、べっとべっとでござるぅううっ!!」
破壊神と恐れられ、世界を震撼させた宇宙最強の師匠が、ただのデブとなって戻ってきた。




