二百七十一話 世界滅亡の浮気
「タクみんが行方不明でござるっ」
メンテナンス中の魔剣カルナを見に行ったまま、タクミ村から帰ってこない。
心配して直接、武器商人のチョビ髭を尋ねてみたが……
「タクミ様に内緒にするよう頼まれてますので、お答えできません」
「浮気の匂いがするでござるっ!!」
ここ最近のタクみんは、力を抑えきれないダークヒーローみたいで、カッコ良さが爆上がでござる。周りの女子たちが放っておかないと警戒していたでござるよ。
「ここには1人で来たでござるか? 誰かと一緒でござったか?」
「そ、それはお答えできま…… ちょっとロッカさん? オデコに穴が空いてませんか?」
「早く言わないと、緑色になって永遠に喋れなくなるでござるよ」
「そうでした。口止めされていたのは、魔剣カルナさんにだけでございました。すべてお話させていただきます」
チョビ髭があっさり全てを暴露した。
「ま、またあのナギサとかいう女子でござるか。タクみんが抱っこして逃走した時から、怪しいと思っていたでござるっ」
タクみんの力が暴走して、うやむやになっていたでござるが、何よりも優先して潰すべきでござった。
「あ、あのロッカさん、穴から詠唱が聞こえてきますが……『緑と共に未来永劫、穏やかに眠らんことを』とか」
「おっと、危ないでござる。怒りで全人類を緑に変えてしまうとこでござった」
早くタクみんを見つけないと、拙者、自分で自分を抑えきれないでござるよ。
「で、タクみんとそのクソビッチはどこに行ったのでござるか?」
「は、はい。仲良さげにランチデートへ向かわれました」
「ランチデーートォォオっ!?」
「ひぃ、腕がっ、私の右腕がっ、緑にィィィィッ」
拙者ですら、いやアリス様やレイア様ですらしたことがないタクみんとのランチデートにっ!?
ゆ、許せないでござる。百万回切り刻んでも、許されない大罪でござるっ!!
「……魔剣カルナは仕上がってるでござるか?」
「は、はぁはぁ、はい、しかし鞘のほうはタクミ様が持っておられるので、抜き身のままとなりますが……」
「大丈夫でござるよ。どうせ、すぐに使うことになるでござる」
あのクソビッチを切り刻むために。
「か、かしこまりました。す、すぐにお持ち致します。どうか怒りと緑をお鎮め下さい」
タクみんが鞘を持っているなら、魔剣の能力でその所在地がわかるはずでござる。
『なんやなんや、タッくんやなくてロッカが迎えに来たんかいな。感動の再会が台無しやんか』
武器屋の奥から運ばれてきた桐箱を開けると、漆黒に黒光る魔剣カルナが姿を見せた。
以前よりも遥かに刀身が美しい。どうやらこのチョビ髭、魔装備の扱いに関しては、なかなかの腕を持っているようでござるな。もう半分、緑になってるでござるが。
『で、タッくんは? うちのおかえりパーティーの準備でもしてるん? あっ、サプライズやから言うたらあかんやつ?』
「それどころじゃないでござるよ。タクみんがナギサというクソビッチと……」
『ランチデーートォォオっ!?』
魔剣カルナの力が暴走し、チョビ髭の店が吹っ飛んだ。
『ここで、うちの鞘の痕跡が途絶えてるねん』
「魔王の大迷宮でござるな。地下深くまで降りたら、電波が届かなくなるのでござるか?」
『そんなことないわ。あの鞘はうちの一部みたいなもんやから、世界中のどこにあってもわかるはずやねんけど』
タクミ村からゴルゴダ砂漠の真ん中まで半日で一気に駆け抜けた。剥き出しの魔剣を握って走っていたので、村の自衛団やルシア王国騎士団に囲まれたが、そのままぶっ飛ばして止まらなかった。
「まさかタクみん、こっちの世界にいないでござるか? 時空を越えた愛の逃避行でござるか?」
『大丈夫や。どこへ逃げても追いかけたる。絶対タッくん逃さへん』
めちゃくちゃ頼りになるでござるが、やがて恋敵となると思うと恐ろしいでござるな。
「あの、お二人とも、できれば穏便に。タクミ様も浮気ではないと仰ってましたので」
「男はみんなそう言うと、サシャ殿が言ってたでござる」
『てか、なんで着いて来たん? ソネリオン』
カルナが店を吹っ飛ばして、帰る場所がなくなったからでござるよ。
「お2人を心配しているのですよ。今のタクミ様は非常に危ういバランスで均衡を保ってらっしゃる。再び暴走することがあれば、本当にこの世界が滅んでしまうかもしれません」
「うん、そんなことより浮気のほうが大問題でござるよ」
『ほんまや、タッくんが浮気するくらいなら、世界なんか滅んでしもたらええねん』
マイベストパートナー。同じ人を好きでなかったら、心の友と書いて親友になれたでござるよ。
魔王の部屋へと続く、石造りの螺旋階段を降りていく。
『タッくんだけやない、誰の気配もあらへんな』
「でも、あのクソビッチの匂いが残ってるでござる。少し前までここにいたでござるよ」
せめて、あの女子だけでも斬り伏せたかったが、逃げられたようでござるな。
なにか、行方に繋がる証拠でも残っていればよいのでござるが……
「あっ」
『あっ』
「あ」
3人で揃って声をあげる。
魔王の大迷宮の最深部。
魔王の部屋に続く大扉の前に。
開きっぱなしのピンクのドアが、拙者たちを招くように、ぽつん、とそこに存在していた。




