二百七十話 移動手段
「転移魔法はもう使えない。六老導が大きな魔法の発動を監視している。徒歩で移動するしかないわ」
リンが辺りを警戒しながら、タクミ村の外へと誘導している。
「えっと、リン。これからどこに行くの?」
「魔王の大迷宮。あそこなら魔王の魔力と混ざり合って、タクの魔力が感知されにくくなるはず」
ん? 俺の魔力? 虫ケラくらいしかないはずだけど?
「徒歩で魔王の大迷宮だと5日くらいかかるけど。馬車とか使ったらダメなの?」
「おお、そうだな、ナギサ。湿地帯やゴルゴダ砂漠を歩くのも大変だし、ここで乗り物を借りて……」
「ダメよ。どこに追手が紛れ込んでいるかわからない。私たち以外、全部敵だと思って行動したほうがいいわ」
え? そんなに? そんなに俺、警戒されてるの?
「特にタクはどんなにピンチでも絶対魔法は使わないで。さっき、ピンクディメンションドアを使おうとしたでしょ?」
「へ? ピ、ピンクデ、な、なに?」
「……無意識なのね。まあいいわ。私が使わないように側で見てるから」
な、何を言ってるのかよくわからないが、もしかしてリンも俺のことを破壊神と勘違いしてる?
み、味方だよね? リンは俺の味方だよね?
「な、なあ、リンは魔法王国のトップになったんだろ? 六老導を止められなかったのか?」
「無理よ。世界の為を思うなら六老導のほうが正しい。魔法王国のトップとしても、それは同じ。だから、私は全部捨てて、ただのリンデン・リンドバーグとしてここに来た」
え、ええええぇ、俺のせいで王様やめちゃったの?
「あ、あの、なんとかみんなに誤解だって伝わらないかな? 俺にそんな魔力はないし、いたって普通のいつも通りのタクミなんだけど……」
ナギサとリンが冷めた瞳で俺を見つめてくる。やめてっ、そんな氷のまなこで俺を見ないでっ。
「とにかく、今は急ぐわよ。魔王のほうには話をつけてる」
「あ、そういえば、リンは魔王の憑代だったよね。今は魔王って本体なの?」
あ、あれ? リンの目がさらに冷たくなっていくよ? 俺、なにかマズイこと言った?
「……タクは覚えてないかもだけど、今はロッカと同じ魔法で構成された少女を憑代にしてる。もっとも誰かさんが、身体をバラバラにして魔力を吸い取ったので、再生に時間がかかってるけど」
「だ、誰がそんなひどいことをっ!?」
俺の顔を真顔で見つめるリン。
「う、嘘だっ! 俺はっ、俺は魔王の憑代とはいえ、少女にそんなことしないっ!!」
「いやいや『目障りだ、羽虫が』って言って片手でバラバラにしてたから。ロッカもまとめてね」
う、うそだ、ウソだ、嘘だァアアアアっ!!
違うもん、それ絶対俺の偽物だもんっ!!
「残念だけど、タクが禁魔法を連発するのも確認されてる。言い逃れはできないの」
「……タッちん、もう罪を認めて懺悔しよ」
「いやだぁああっ、本当に俺は何もしてないんだぁぁあぁっ」
リンとナギサに両脇を挟まれて、囚われの宇宙人みたいに引きずられ、タクミ村を後にする。
俺が自力走行しなかったせいで、5日の予定が到着まで倍の10日以上かかってしまった。
「余をバラバラにしておいて、よく顔が出せたな、タクミ」
「い、いやぁ、それ、俺じゃないと思うんですよ、ほんと」
魔王の大迷宮で、年端もいかぬ少女に睨まれている。これが今の魔王の憑代か。
「こんなことを言っておるが?」
「タク、素直に謝ってっ」
「タッちん、速やかに土下座してっ」
うん、いやだ。だって俺、知らないもん。こんな少女、初対面だもん。
「あ、そうだっ、もしかして俺、誰かに乗っ取られてたんじゃないかな? ほら、魔王が憑代を使うみたいに」
「純度100パーセント全部タクミだった。精神体の専門家である余が確認したのだ。間違えるはずもない」
ほ、ほんとに? もしかして俺を憑代にして魔王が操ってたんじゃない?
「なにかよからぬことを考えておらぬか?」
「いいええっ、とんでもございませんっ」
ちっ、姿は幼い少女だが、中身はちゃんと魔王だ。油断できない。
「まあよいわ、で、どうするんじゃ? ここでかくまうのはよいが、そう長くはもたんぞ。此奴の魔力は大きすぎる」
「わかってる。ここにタクの魔力の一部を残して、また移動するわ。魔力を探知している六老導がここにタクがいると勘違いして、時間稼ぎにはなるはずよ」
え? また移動するの? しんどいから、もう動きたくないんだけど。引きずられてただけだけど。
「まあ元々は余の魔力だからな。しかしよいのか? 下手にタクミの魔力を刺激すればまた目覚めるかもしれんぞ、世界を終わらせる破壊神が」
魔王崩壊とかしちゃう魔王に、そんなこと言われたくないよっ。
「その時は私が先に終わらせる。タクと一緒に次元の狭間で自爆するわ」
いやぁああああぁぁあぁっ、それ無理心中じゃないかっ!?
逃げ出そうとするが、魔王と天才魔法使いに挟まれて身動きが取れない。
「あっ!!」
そんな俺の前に、あのピンクデなんとかドアが出現した。