二百六十八話 面会謝絶とランチデート
漫画版3巻絶賛発売中です。発売記念として、第二部の後半と閑話を全面改稿しています。六十五話の後の閑話「勇者と魔王」と、七十話の後の閑話「バッツとアザトース」を載せましたので、ご覧になって頂けると嬉しいです。
「え、えっと、ナギサ何してるの?」
「……尾行。タッちんを監視してる」
「え? こんな至近距離で?」
ほとんど、くっつきそうなくらいピタリと後ろを歩いている。
カルナがメンテナンス中なので、タクミ村まで様子を見にやって来たんだけど……
「だってどこで監視しても意味ないじゃない。どんな遠くからの会話でも聞かれちゃうし、ステルス迷彩も目を細めるだけで見えちゃうし、オマケに心まで読んじゃうじゃない」※1
「へ? 誰が?」
「アンタがよっ!!」
うん、超怖い。
そんな化け物と勘違いされてるなんて。
「ナギサ、疲れてるみたいだから実家に帰って休んだらどうだ? あ、ついでに新しいドラマのDVD貸してくれないかな」
「帰れないのっ! 私だって帰りたいわよっ! でも置いてかれたのっ! アンタをずっと見張ってろってっ! アンタのパパとママにっ!」
アザトースと『彼女』に?
2人ともなんで今更、俺なんかを…… あっ、もしかして。
「俺の誕生日が近いから」
「違うわよっ!!」
食い気味にキレられた。
なんでだろ? もしかして機嫌が悪い日なのかな?
怖くて聞けないけど。
「そ、それじゃあ、もう尾行とか意味ないし、ソネリオンのとこ、一緒に行く?」
「い、いいけど、あんまり心の中見ないでね。……まあ、前に見られてるから、もう今更だけど」
なんでちょっと照れてるの?
俺と勘違いされてる化け物は、いったいナギサの何を見てしまったのか。
「魔剣カルナさんはまだ面会謝絶です。粉々に砕けていましたので、一度溶解して、型にはめ込み、ある程度固まったところで打ち直さなければなりません」
「いったいカルナに何があったのっ!?」
ナギサとソネリオンが、俺のほうをキッと睨む。
えっ!? まさか、それも俺がやったと勘違いされてるの!?
「じゃあ、この鞘は、預けといたほうがいいのかな?」
「いえ、カルナさんはそれは持っていてほしい、とおっしゃってました。あと、うちがおらん間に浮気したら許さへんで、と伝えてほしい、とも」
「そ、そうか」
まあ、そんなことが言えるくらいなら大丈夫かな。
「仕方ないな、今日のところは、村でナギサとご飯でも食べて帰ろうかな…… て、どうしたの? ナギサ?」
「ち、違うっ。一緒にご飯でデートだ、わーい、なんて思ってないからっ! 棚ぼたラッキーなんて考えてないんだからっ! 私の心の中を読み込まないでっ!」
う、うん。全然読み込んでないけどね。
全部、聞こえちゃったけど。
「デートだとカルナに怒られるから、ただのご飯なんだけど」
「わ、わかってるわよっ、ほらっ、早く行くわよっ、行ってあげるわよっ」
ぐいぐいとナギサに押されて、ソネリオンの店から追い出されていく。
「浮気ではないのですね?」
「ちがうよ、ちがうけどカルナには言わないでっ、ソネリオンっ」
「……」
「言わないでっ、ソッちんっ!!」
「かしこまりました。内緒にしておきます、タクミ様」
……いまだにソッチン呼びじゃないと返事してくれないよ。※2
それにデートではないが、ちょっと後ろめたい。
レプリカの木剣が入った魔剣カルナの鞘に、心の中で謝罪した。
「タク丼二つで。あ、一つは大盛りで」
「はいよっ、タク丼2丁っ、大盛りワンでっ」
いまやタクミ村の名物になりつつある丼屋さんのカウンターにナギサと座る。
オシャレな店でなくて不服そうだが、この村にそんな店は存在しない。
「ここの丼、出汁がきいてて美味いんだ。あ、タク丼ってのは、ラビとボアの肉を揚げて卵でとじたヤツで、一つで2つの肉の味を楽しめるんだよ」
「どうでもいいわ。それより本当に、今、心、読んでないのね?」
「今、というか、ずっとそんなことできないよ? てか、そもそもなんで俺を監視してるの?」
現実世界で一緒に行動したナギサは、俺が本当は最弱だってことを知っている。※3
そんなもんを監視しても、何も出てこないのはわかってるはずだ。
「……何も覚えてないの? 私がダイナマイトで自爆した時、スイッチを押してからのコンマ1秒で、普通に爆弾を外して、永遠の距離の設定を無視して、爆弾の衝撃が来る前に、私を抱えて走って逃げたのも?」
「なんなのっ!? その化け物っ!!」
そんなことできるのはアリスくらいだ。
あ、もしかして、魔王と勘違いされた時と同じように、アリスの活躍が、また全部俺の手柄とかになってるのかな?
「勘違いか気のせいだよ。さあさあタク丼きたし、冷めないうちに早く食べよう」
「……そういうのじゃないんだけどなぁ」
納得がいかない表情のまま、タク丼を食べ始めるナギサ。
早く誤解を解いてもらって、現実世界に帰ってもらいたい。
「すまぬ、ちょっと詰めてくれぬか」
「ああ、すいません。ナギサ、もうちょい端っこに……」
隣におじいちゃんがやってきたので、席を詰めようとしたが、こっちを見たままナギサが動かない。
いや、俺の向こう側の、おじいちゃんを見ているのか?
ボロボロの服を着た、萎びれた老人。
頭は禿げ上がり、チリチリの白い髭が無動作に伸びきっている。
「あ、あれ? おじいちゃん、どこかで会ったことある?」
「ああ、そうじゃな。先日、ギルド協会が壊滅した時に会っておったよ」
「ま、まさかっ、バ、バルバロイ会長っ!? え? ええっ!! ギルド協会潰れたのっ!?」※4
以前から枯れ木のように細い、しわしわの老人だったが、それは相手を油断させるためのもので、本来の姿は、圧倒的な力と存在感を持った化け物のようなじじいだった。
だが、そこには、そんな迫力など微塵もない、今にも消えそうな、ただの痩せっぽっちの老人が、ちょこんと、か弱く座っていた。
※1 タクミの化け物エピソードは、第八部 一章「二百五十一話やけにリアルなサバゲー」に載っています。ぜひご覧になってみてください。
※2 ソッチン呼びエピソードは、第四部 転章 「百三十七話 武器商人の小さなお願い」に載っています。ぜひご覧になってみてください。
※3 現実世界でナギサとタクミがコンビを組むエピソードは、第四部 五章 「百三十一話 ファイナルクエストン?」に載っています。過去でも人気の回ですので、お薦めです。
※4 ギルド協会が潰れるエピソードは、第八部 一章 「二百五十二話 個人情報流出」に載っています。ぜひご覧になってみてください。




