二百六十七話 メンテナンス中
「あ、サシャ、洗濯してくれてたんだ、ありがとう」
「ひぃっ! タ、タクミっ」
気軽に声をかけただけなのに、サシャが、ずざざざざっ、と大きく後ずさる。
「え? そんなに驚かせた? ごめん、大丈夫?」
「だ、だ、だ、大丈夫よ。と、突然でビックリしただけ。ま、まだ寝てると思ってたから」
そ、そうだったのか。
しかし、尋常でない驚き方だったけど。
「あらら、洗濯物落ちちゃったね。泥がついてないといいけど……」
「ち、近づかないでっ」
「へ?」
俺が拾おうとした洗濯物をサシャが、ぶんどるように掴み取る。
「あ、あれ? サシャ、俺、何かしたかな?」
「ち、ちがうのっ、でもでも今はこっちに来ないで」
「え? なんで?」
あ、反射的に近づいて、サシャに手を伸ばしてしまった。
「いやぁああああっ、やめてぇえええっ、堪忍してぇええっ」
洗濯物も掘り出して、一目散に逃げて行くサシャ。
声をかけることもできず、伸ばした手をそのまま動かすこともできなかった。
「……て、ことがあったんだけど、俺が寝てる間に何かあった?」
ロッカとレイアの朝ごはんを食べる箸が、ピタ、と止まる。
ちなみに今日のメニューはラビの香草包み焼きだ。
「べ、別に何もなかったでござるよ。ねぇ、レイア様」
「は、はい。至って平和ないつもと変わらない日常でした」
「ボルト山、ラスボスが住む山みたいに変わってるし、アリスは大怪我してるのに?」
2人とも目を合わせてくれない。箸が動き初め、ロボットみたいにぎこちなく食べ始める。
「サシャだけじゃなくて、ルシア王国から来てる騎士団たちも、俺を見て震えてるんだ。それになんか肌が緑色に近い気がするんだけど。ピッコロみたいに」
「き、き、き、気のせいでござるよ。ルシア王国の人はみんなそんな感じだったでござるよ? ね、ねえっ、レイア様っ!」
「ええ! ほら、東方出身の私は黄色に近いでしょ? ルシア王国は緑色人種なんですよっ」
うん、そんなわけない。
「いいよ、ちょっとヌルハチに聞いてくる」
「そ、それはやめといたほうがいいと思うでござるけどなぁ」
ロッカの言う通りだった。
ヌルハチが一番、緑色だった。
「あ、あのヌルハチ」
「おお、タクミか。お寝坊さんじゃったな」
緑色だけど、いつものヌルハチだ。
ボルト山を直すために、裏の畑で巨大なポンプに魔力を詰め込んでいる。
どうやらデウス博士が作った、地面に魔力を流すための機械のようだ。
「あ、あのさ、ヌルハチ。ヌルハチやルシア王国のみんなは、ど、どうして緑色なの?」
「……野菜を。野菜を少し食べ過ぎたんじゃよ」
うんうん、そんなわけないよね。
「え、えっと、それ、しばらくしたら元に戻るの?」
「うむ、そう長くはかからんじゃろ。山が戻る頃には全部元通りじゃ」
「そ、そっか、じゃあ大丈夫だな」
いや本当に大丈夫か?
「まあ、たまには何もせず、寝ているだけで全部終わってもよいではないか。これまで様々な面倒ごとに巻き込まれてきたんじゃから」
「そ、そうだよな、確かにミドハチの言う通りだ」
「うむ、そうじゃろ。でもミドハチ言うな」
どうやら今回の騒動は、本当に俺の知らない間に始まって、俺が寝ている間に終わったみたいだ。
「ありがとう、ミド……ヌルハチ。あ、そうだ、俺もそれに魔力を注ぐのを手伝わせてよ。未熟だけど、ヌルハチに教えてもらった魔法、今でも練習してるんだ」
「ひぃいいっ! なにをするかぁっ! やめんかっ!! この馬鹿たれがぁぁあぁっ!!」
ヌルハチが俺のみぞおちをえぐるように、波動球をぶちかましてくる。
「ご、ごふうっ、え? えぇえぇ!? な、なんで? お、俺、ヌルハチを手伝おうと……ぐふっ」
「まだ、お主には魔王崩壊クラスの魔力がっ…… い、いや、違うんじゃ、この機械はヌルハチ専用じゃから他の魔力を加えると壊れてしまうのじゃよ」
「え? そ、そうだったのか」
家くらいでっかいし、丈夫そうなのに案外デリケートだな。
「さあさあっ、ここはヌルハチに任せて魔力が抜け切るまで……い、いや完全に疲れがとれるまで、もう少し休んでおいたほうがよいぞ」
「え? ああ、わかった、わかったから波動球でグイグイ押さないでっ、洞窟まで押し戻さないでっ」
強制的に退場させられて帰らされる。
なんだろう、この疎外感。ちょっと、いや、かなり寂しいぞ。
「なあ、カルナ、みんな、ちょっとおかしいよな? ん? あれっ!?」
いつも腰にある魔剣カルナは鞘だけが本物で、中身が木刀のレプリカに入れ替わっていた。
よく見ると値札みたいなタグがついており、「本体メンテナンス中」と書かれてある。
「……みんな、いったいどうしたんだ?」
本当に寝ている間に何があったのか?
もしかして、俺も何か変わっているのか?
ふと不安になり、自分の姿を洞窟の入り口にある鏡で確認する。
「えっ」
オデコに、なぜか赤いバンダナが巻かれていた。
なんで、今まで気が付かなかったのか。
「むぐぐぐっ」
引き剥がそうと、どんなに力を込めてもバンダナはびくともしない。
「な、なんだよ、これ? まさか俺も……」
まるで、まだ夢の続きにいるような、そんな感覚がいつまでも俺の中で渦巻いていた。




