二百六十六話 起床
スッキリだ。
朝目覚めたら、脳みそに直接シャワーを浴びたような爽快感に包まれていた。
長い間、霧の中を歩いていて、ようやくそこを抜けたようなスッキリ感である。
「いっぱい寝たからかな。気分のいい朝だなぁ」
んーー、と大きく背伸びをして、洞窟の天井から漏れる光を浴びる。
「今日はいいことがありそうだなぁ」
「……それはよろしゅうござるなぁ」
「うわぁっ、ロッカっ、いつからそこにいたのっ!?」
俺が寝ていた枕元に、ロッカが気配を消して地蔵のように佇んでいる。
「ずっーーと、いたでござる。一睡もできなかったでござるよ」
「え? なんで徹夜しちゃったの?」
「……うん、どうやら大丈夫そうでござるな」
目の下にクマを作り憔悴している。それでもロッカはどこか嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「? なんかあったの??」
ロッカは答えずに、立ったまま、すうすうと寝息をたて始める。
「ま、まあ、いいか。気分はいいし、気合い入れて朝ゴハンでも作ろうかな」
井戸の水を汲みに行くため、洞窟の外に出る。
「あ、あれっ!?」
いつもの見慣れた光景はそこにはなかった。
緑が生い茂る大地が沼地となり、美しい森が広がるボルト山が、木々一つない漆黒の険しい岩山に変わっている。
「イ、イメチェン?」
「山はイメチェンしません、タクミさん」
レイアが洞窟の前で見張りのように立っていた。
え? 襲撃? なんか敵とかやってくるの?
「大丈夫ですよ。ちゃんと戻って来てくれましたから」
戻ってきた? アリスのことだろうか。だったら確かに安心だ。
「でもボルト山、なんかラスボスがいそうな山みたいになってるけど、そっちは大丈夫なの?」
「デウス博士とヌルハチが協力して元に戻してます。科学と魔法の融合でなんとかなりそうだ、と言ってました」
そうなんだ。それはよかった。それはよかったんだけど。
「誰の仕業かわからないけど悪趣味な山にしてくれたなぁ。相当センスがない奴の仕業だよね、これ」
「ん、んんっ、ちょっとそれはっ、ま、まあ、いいじゃないですか」
ん? もしかしてレイア自身のカット能力でやってしまったのか? はじめての伐採インフィニティなのかっ!?※
まあ、あまり追求するのもかわいそうだし、ここは寛大な心で許してあげよう。
「どんまい、レイア」
「は、はい、どんまい私」
うん、これでいい。
後は美味しい朝ゴハンをみんなで食べて、いつも通りだ。
「あ、タクミさん、アリス様が円卓のほうにいますので、顔を見せてあげて下さい。随分と心配されてましたから」
ん? 心配? ロッカもそんなことを言っていたな。やっぱり俺が寝てる間に、何かあったのか。まあ、アリスがいるなら、どんなことがあっても大丈夫そうだけど。
「うん、わかった。朝ゴハンの支度前に行ってくるよ」
ふんふん、と自然と鼻歌を口ずさむ。
山はちょっと変わってるけど、やっぱり心は晴れやかだ。今日は羽が生えているみたいに身体が軽い。
自分の中にあった悪いものが全部消えてなくなったように錯覚してしまいそうだ。
「えっと、アリスはどこに? お、いたいた」
円卓の椅子に座らずに、そのテーブルの真ん中に坐禅を組み、目を閉じて座っている。
「珍しいな、アリス。身体を動かさない修行なんて」
「……タクミ」
そっ、と静かに目を開けたアリスが、しばらく俺のほうをジロジロ見てから、ふっ、と優しい笑みを浮かべた。
「ちょっと激しい戦いをして、まだ身体を上手く動かせないんだ」
「アリスが? え? 誰と? この世界にアリスと互角に戦える人間なんて、存在しないだろうっ!?」
ゆっくりと首を横に振るアリス。
その動きも、どこかぎこちなく、よく見ると全身があざだらけで、かなりの怪我をしている。
「そうだな、最初は簡単に倒せると思っていた。偽りの強さに狂った愚か者だったからな。でもそいつの強さを忘れてた。いや、その人の本当の強さを忘れていたんだ」
「で、でも最後はアリスがやっつけたんだろ?」
「……ワタシじゃない」
え? ちがうの? じゃあ誰が?
傷を負ったアリスが、人差し指でゆっくりと俺のほうを指差した。
「え? 後? 誰かいるの? こわい」
背後を振り向くが誰もいない。
「? どゆこと??」
アリスは指を差したままの姿勢で答えない。
そのまま修行に入ったように、目を閉じて姿勢を整える。
だけど、指先はずっと俺に向けたまま。
ちょうど心臓の位置を差し続けていた。
※ レイアのはじめてインフィニティシリーズは、
第一部 二章 「十一話 はじめてのおつかいインフィニティ」
第四部 序章 「百九話 二回目のおつかいインフィニティ」
第五部 三章 「百五十七話 三回目のおつかいインフィニティ」
第八部 序章 「二百四十六話 はじめてのお料理インフィニティ」をご覧になってみて下さい。




