二百六十四話 禁魔法の魔法
大量の緑に包まれる。
身体の中にそよ風が吹き抜けて、穏やかな優しい気持ちが心を満たす。
ああ、どうして俺は戦っているんだ?
大切な仲間たち。
今まで力のない俺をずっと助けてくれていたみんなを、どうして俺は傷つけているんだ?
ああ、ロッカ、レイア、そして忘れてしまった誰か。
俺はなんてことをしてしまったんだ。
いまから、すぐに全部やり直して……
笑。
え? なんだ? 文字が?
笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑。
笑っているのか? 爆笑しているのか?
俺の中で「笑」という文字が次々にわいてくる。
覆水盆返。弱肉強食。温故知新。完全超越。四面楚歌。
俺はそんなこと考えていない。知っている四字熟語、知らない四字熟語。文字が勝手にどんどんと作られていく。
やめろ、俺はもう戦わない。植物のような平和な心で、穏やかに暮らしていくんだ。
笑止。
一瞬だけ、文字の書き込みが止まった後。
なにもかも上から全部かき消すように。
大量の文字が俺の中から溢れ出し、緑に包まれた心を塗りつぶしていった。
「レイア様っ!!」
「無理っ、カットできないっ! 逃げてっ、ロッカっ!!」
逃げる? どこへ? 俺から? どうやって?
たとえ別次元に移行したとて、俺の追跡からは逃げられんぞ。
「ふ、ふふ」
自然と笑みがこぼれでる。
口元から小さく「笑」の文字が顔を見せる。
レイアに真っ二つにされた腹も再生を唱えるまでもなく繋がっていた。
ワラワラと腹の辺りを、「繋」や「接」の文字が蠢いている。
「ハッハハハハハっ」
自分の無敵ぶりに、もう笑いが止まらない。
「タ、タクみんはっ、タクみんはそんな気持ち悪い笑い方しないでござるよっ!!」
魔力が底をついた雑魚が、戯言をのたまう。
「ダメっ、ロッカっ!!」
がむしゃらに向かってくるロッカを一瞥する。
特別な技を使う気にもなれない。
そんなカスみたいな魔力は、もう俺には必要ない。
可哀想なので、逆に魔力を分けてやる。
この世界だけではない、別の次元から取り込んだ大量の魔力。
魔王崩壊が発生するほどの魔力が、一気にロッカに注ぎ込まれる。
「爆ぜろ」
「ゔわぁああぁぁぉああぁあぁあぁっ!!」
容量を軽くオーバーしたロッカの身体が、ぼんっ、とバラバラに弾けて飛び散った。
世界が崩壊しないように、こぼれた魔力は吸い込んでおく。
「………タ、タクミさん」
「ああ、なんだ、まだいたのか。逃げるんじゃなかったのか?」
血が滲み出るくらいに、拳を握りしめている。
圧倒的実力差の前に、何を悔しがることがあるのだろうか。
「神降ろし全部乗せ」
レイアの中に、多種多様、これまでに降ろしたことのある神々がすべて降ろされる。
それが最後の切り札か?
あまりにも陳腐で、また笑いが込み上げてくる。
「その状態で何秒戦える? 奇跡的に善戦しても、身体は耐えきれず、やがて崩壊する。もう仲間もいない。守るものもない。どうして、そんな無駄なことをするんだ?」
「無駄じゃないです、タクミさん。私が守る仲間は、ちゃんとここにいます」
何を言っているのか? もういい、面倒だから早く終わらせよう。晩御飯の支度がまだ済んでない。早くしないと、みんなが腹を空かせて……
みんな? みんなって誰だ?
「阿修羅金剛韋駄天大太郎法師っ!!」
レイアの腕が巨大化して振り下ろされる。
千本阿修羅のパワー、修羅金剛の強度、韋駄天の加速を乗せたてきたのか。
だが、その程度、今の俺にとっては、なんの変哲もないただのパンチと変わらない。
「さっきのおかえしだ」
ストンと、手刀でレイアの腕を切り落とす。
そのまま、首でも切り落として……
「緑一色、すべて緑に染まれ、生きとし生けるもの……」
緑一色? ロッカか? まだしぶとく生きていたのか?
レイアの後ろに豆粒ほどに小さくなったロッカが必死に魔法を詠唱している。
「ヌルハちぃ、と同じ原理で小型化したのか。だが、もう俺には緑一色は通用しないぞ」
「……発、発、発、パーソー、ローソー、イーペーコー、スーソー、サンソー、リャンソー……」
もう本当に魔力は残っていない。その身体で緑一色を発動させれば、今度こそ完全に消滅するはずだ。
なのに、何故だ? 俺に通用しない魔法を、なぜ命懸けで詠唱する?
「穏やかに眠らんことを、緑と共に未来永劫、我は誓わん、彼の地にて……」
いやまて。これまでの緑一色じゃない。何かがおかしい。全く同じ文字。全く同じ言葉。しかし、この詠唱はっ!?
「真逆かっ、ロッカっ!!」
「正解でござるよ。…… 果てしなく広がる緑の大地っ!!」
緑一色の逆詠唱。
本来なら人を植物に変えるはずの魔法が反転する。
洞窟前に生えていた緑がその形を変えていく。
あそこで、植物に変わったのは誰だった?
レイアの無謀な神降ろしは、ロッカが詠唱するための時間稼ぎだった。
緑一色は、俺に向けて詠唱していたんじゃなかった。
ただの思いつきか。同じ禁魔法としての直感なのか。
これまで誰も思いつかなかった緑一色の解除方法。
真逆の詠唱で、植物状態だった者が人へと回帰する。
「やれやれ、久しぶりに目覚めたら、えらいことになっておるのう」
飛び散っていた魔力をかき集めたのか。光合成している間に溜め込んだのか。天に届かんばかりの魔力が煙のように立ち昇る。
「どういうことか、ちゃんと説明してもらおうかのぅ、タクミ」
緑が消えた魔力の渦の中心で、大賢者ヌルハチが復活を遂げた。
「あそこで、植物に変わったのは」第八部 序章 「二百四十八話 リューイーソー」に載っています。よろしければ、ご覧になってみて下さい。




