二百六十三話 上書き
なんだそれ?
ロッカがボロボロの何かを引っ張っている。
真っ赤に染まった肉の塊。
晩御飯のオカズだろうか。
元がなんだったのかわからない、その肉は識別が不可能なくらいに、ぐちゃぐちゃに破壊されている。
「魔王少女っ、手伝うでござるよっ!」
「……わかった」
2人とも魔力の残量がほとんど残っていない。
そんな惨めな姿で、何を必死に運んでいるのか。
「やめなさい、ロッカ。そんなもの捨てなさい」
「タク……みんっ」
今にも泣き出しそうな顔で俺を見る。
うん、よくわからないが大変そうなので、そろそろ楽にしてやろう。
俺の糧となり、魔力の一部となれば、きっとロッカも幸せだ。
すっ、と右手をロッカのほうにかざして、ゴミのような魔力を吸い取ろうとする。
すとん、とそのかざした手が綺麗に切断され、ぽとん、と地面に落ちていった。
「あれ?」
その存在すら忘れていた者が刀を持って現れる。
「レイアじゃないか? 今までどこに?」
「カットしていました。『彼女』との戦いから、ここまでの私を」
ふむ、忘れていた大切なものはレイアだったのか?
いや違うな。そこまで俺の心は踊らない。
じゃあ、これも別に壊してしまって構わないか。
落ちた右手を左手で吸い寄せ、再生をせずに、その形を変えていく。
「聖剣タク右カリバーだ」
右拳が剣を持つ柄の部分に、手首から肘の先あたりまでが刀身へと変わる。
多少歪な形になったが、世界最高峰の剣が出来上がってしまった。
剣を持つ姿が自分と握手をしているみたいで、ちょっと恥ずかしい。
「ふ、ふふ、なんだか愉快だな、レイア」
「いいえ、とっても不快ですよ、タクミさん」
一体、何を怒っているのか。
出会ってからこれまで、レイアのこんな表情は見たことがない。
何か嫌なことでもあったのだろうか。
まあ、いいか。ついでに久しぶりに修行でもつけてやるか。
「超宇宙薄皮芋剥千極剣」
「超宇宙薄皮芋剥千極剣」
奇しくもまったく同じタイミングで、同じ技が重なり合う。
ほう、以前よりもさらに精度が上がっているな。
剣の強度は聖剣タク右カリバーの上だが、刃こぼれしないようにうまく受け流している。
だが、これならどうだ?
「曲解」
「カット」
剣の軌道を曲げる技がカットされる。
極限まで鍔迫り合う剣撃の中で、そんな芸当ができるのか。
「思ったよりやるじゃないか、レイア。強くなったな」
「その言葉は、前のタクミさんから聞きたかった」
前の俺?
何を言っているのか。俺は以前と何も変わらない。
ただ勘違いではない、本当の力を手に入れただけなんだ。
ガガガガガ、と俺の剣とレイアの刀がぶつかり合う。
さすがに受け流すだけでは、ここまで折れないはずはない。
どうやら、折れた、という事実もカットしているようだ。
カットもコピーするか?
いや、文字を書き込む能力に対して、カットは消しゴムのように事象を消す能力だ。
なんとなくだが、相性が悪い気がする。
「仕方ない。そろそろ次のステージに進もうか」
「神降しですか」
元々、レイアに教わった神降し。
それだけでいえば、レイアが俺のお師匠様だ。
だが、今の俺は、圧倒的に師匠であるレイアを超えている。
「天照大御神」
「亜璃波刃」
その身に宿った天照大御神が、素通りするように奪われた。
神を盗む神。
奪い返そうと、アリババを真似ようとしたが、その漢字が出てこない。
「参りますよ、タクミさん。……アマテラスソード」
奪い従え、刀に宿す。それを一瞬でできるのか。
天照大御神の炎がレイアの刀に伝わり、轟々と燃えている。
聖剣タク右カリバーですら、あの豪炎は受け止めれない。
追加で神を降ろす? いや、それもアリババに奪われてしまう。
新しい技を作り出す? いや、それもカットで消されてしまう。
ならば、貴様も。
誰から奪ったのか思い出せない宇宙最強の力で。
聖剣タク右カリバーに全ての力を注ぎ込む。
再び放たれる宇宙最強の一撃は、レイアを倒したという結果だけを残して終わる……はずだった。
「……身体が動かない?」
「果てしなく広がる緑の大地。彼の地にて、我は誓わん。緑と共に未来永劫、穏やかに眠らんことを……」
蚊の鳴くような小さな声で。
「……リャンソー、サンソー、スーソー、イーペーコー、ローソー、パーソー、発、発、発」
それでも必死に早口で。
「生きとし生けるもの、すべて緑に染まれ、緑一色」
ロッカが残った魔力をかき集めて緑一色を発動させる。
「こ、この雑魚共がっ!!」
自動魔法反射が作動しない。それもレイアがカットしたのかっ!?
レイアの炎刀が、俺の身体を真っ二つに切り裂いて、植物のような穏やかな心に覆われていく。
それでも、それを上から全部かき消すように。
大量の文字が俺の中から溢れ出し、そのすべてを塗りつぶしていった。




