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二十九話 獣と狩人

 

「続いて一回戦第二試合を始めますっ! リンデン・リンドバーグ様、ドグマ様、闘技場へおあがり下さいっ!」


 第一試合の興奮覚めやらぬまま、第二試合が開始される。

 放心状態のバルバロイ会長は引きずられるように医務室へと運ばれて行き、俺は闘技場最前列の観客席へ案内された。


「タクミ、かっこよかたぁ、ちゅき」


 チハルが嬉しそうに俺の膝に乗ってくる。


「お見事です、タクミさんっ」

「さすが、タクミ殿。それでこそ、我の婚約者だ」

「タクミさんはお前など嫁に貰わぬっ、調子に乗るなっ、黒トカゲ」

「貰うわ、めちゃ貰ってくれるわっ。末永く幸せに暮らすわっ」


 俺を挟んで、両隣に座るレイアとクロエが揉めている。

 やめて。観客の方々の視線が痛くて恥ずかしい。


「魔王様、嫁募集してるにゃ? 吾輩(わがはい)も一緒に貰ってくれないかにゃ?」

「貰いませんっ!」

「貰わへんわっ!」


 獣人王ミアキスが、後ろの席から参加してくる。

 もう、やめてあげて。俺の評価、急降下だよ。


 全く試合に集中出来ない状態で、二回戦開始の銅鑼が鳴る。


 リンデンさんは開始位置から動かず、不死王ドグマが近づいて行く。


「安心していいにゃ。四神柱などなくても、ドグマは限りなく不死身に近いにゃ。人間如きがドグマにダメージを与えるなど不可能にゃ」


 自信満々で解説するミアキス。


「人間よ。棄権するなら今しかないぞ。このドグマ、手加減出来る程、甘くはない……」


 ドグマがリンデンさんを前に語り出す。

 だが、リンデンさんはその言葉を遮り、穏やかな笑みを浮かべながら、ドグマに一礼する。


「ご機嫌よう。さようなら」


 瞬きをするような、そんな刹那(せつな)

 すぱん、という音と共に、ドグマの姿が消えていた。

 消滅したのか? いや、これは……


「……空間移動で消されたにゃ。ドグマの馬鹿、いつもダメージを喰らわないから、防御がおそろかになるにゃ。しかし、あの程度の魔法を抵抗(レジスト)できにゃいとは……」


 ノーダメージのまま、退場してしまったドグマにミアキスが頭を抑えている。

 あの程度、か。

 本当にドグマが魔法に弱いだけだったのか?

 リンデンさんの空間魔法が予想以上という事も考えられる。


『タッくん、抽選の時、感じた力と同じやわ。トーナメント表、あの女のイカサマで決められたんやわ』

「そうか」


 なるほど、空間を操れるなら、選ぶ玉を操作するなど容易(たやす)い事だろう。


「ドグマ様、行方不明の為、リンデン・リンドバーグ様の勝利です!」


 開始一秒での決着に会場がブーイングの嵐となる。


「四天王の恥晒しにゃ。仕方ないにゃ、吾輩が汚名返上してやるにゃ」


 ミアキスが立ち上がると同時に司会の女性が叫ぶ。


「それでは一回戦第三試合を始めますっ。ミアキス様、ダガン様、闘技場へおあがり下さいっ!」


 伝説の狩人ダガン。

 野生のモンスターの討伐数では、彼の右に出るものはいない。

 初老に差し掛かろうという年にも関わらず、その身体からは重厚なオーラが溢れ出ていた。


「怪物と闘う者は、その過程で自らも怪物にならないよう、気をつけなければならない」


 背後の席、ミアキスの座っていた席の隣から誰かが呟いた。

 闇王アザトースだ。

 闇に覆われ、姿も表情も確認出来ないが、その闇が微かに揺れていた。


「あの男はすでにこちら側に近い」


 俺がダガンに感じた印象もアザトースと同じだった。

 ダガンから感じる気配は、獣を狩る側でなく、獣そのものと見間違う。


 獣の皮で作られた装備を身に纏い、その腕には長い銃が握られていた。

 鋭い眼光でミアキスを睨みつけたまま、ゆっくりと闘技場へと上がる。


「一撃で仕留める。狙った獲物は逃がさない」

「奇遇だにゃ。同じ事を考えてたにゃ」


 歓声が湧き上がる。

 獣と狩人。お互い天敵とも言える対戦に否が応でも、盛り上がる。


 試合開始前、ダガンは闘技場にうつ伏せになり、銃を構えた。銃身はまっすぐにミアキスに向いている。

 ダガンにとって、ここは闘技場ではなく、狩場なのだろう。ミアキス以外、何も見えていないような、凄まじい集中力を感じる。

 そして、ミアキスはその銃を前に、四つん這いで低姿勢に構える。全身の毛が逆立っていた。山で日向ぼっこをしていた時のミアキスとはまるで違う。呑気で可愛い猫から獰猛(どうもう)猛獣(もうじゅう)へと変貌する。


「大武会、第三試合、始めっ!!」


 試合開始の銅鑼が鳴った瞬間だった。


 響く銃声。

 ミアキスに向かってまっすぐに放たれる弾丸。

 だが、ミアキスは弾丸を回避しようとしない。

 弾丸に向かって、低姿勢のまま凄まじいスピードで突進する。

 まるでミアキスまでもが、一個の弾丸になったようだった。


 がんっ、という衝突音がして、ミアキスの頭部が大きく揺れ、後ろに()()る。

 だが、それでもミアキスは止まらない。

 一瞬で頭を元の位置に戻したミアキスの瞳孔がきゅっ、と縦に細長くなった。


 ざわっ、と観客席が騒めいた。


 ミアキスに直撃したはずの弾丸。

 信じられないことに、それはミアキスの口元に存在していた。

 ギュルルル、と未だ回転する弾丸が鋭い牙で無理矢理押さえられ、白い煙を出している。


「ミアキスの動体視力ならば、弾丸も止まって見えたでしょう。咥えて止めるなど、造作もないこと」


 アザトースの言葉に耳を疑う。俺はミアキスの力を甘く見ていたようだ。

 対戦相手のダガンも驚愕し、目を見開く。


「馬鹿なっ、弾丸を咥えて止めただとっ! 戦車も撃ち抜く対魔獣ライフル弾だぞっ!」


 叫んだ時には、ミアキスはすでにダガンの眼前まで迫っていた。


「シァアアアアアアッ」


 ミアキスが咆哮をあげ、弾丸を地面に吐き出した。

 うつ伏せになっているダガンに覆い被さり、その首に牙を突き立てる。


 お互いの宣言通り、その戦いは一撃で決着がついた。



「アザトース」


 思わず、話しかけていた。


「はい、なんでございましょうか、魔王タクミ様」


 今迄はこんな疑問を抱かなかった。

 ほんの数日、彼らと共に暮らしたことで、その考えが生まれたことに俺自身も驚いていた。


「魔族と人間が仲良く暮らすことはあり得ないのか?」


 アザトースが闘技場を見ながら少し沈黙する。


 ミアキスがダガンの首を引きちぎらんばかりに、かぶりついたまま、びたん、びたん、と激しく上下に揺さぶっていた。


「不可能でしょう。力無き者は力ある者を恐れます。力ある者は力無き者を(さげす)みます。それはいつまでも争いを生み、終わることはないでしょう」


 完全にダガンが動かなくなると、ミアキスはその首から牙を外し、見下ろすように立ち上がる。


「しょ、勝者っ、ミアキス様っ!」


 勝ち名乗りを受けてもミアキスは、微動だにしなかった。観客達もしーーん、と静まり返っている。


「あれが我ら魔族です。人が獣を狩るように、我らは人を狩るのです。狩られる者の痛みなど狩る側は考えない。我らは弱き者に従わない。もし、我らが人々と平和に暮らす未来があるならば、それは矛盾に満ちているでしょう」

「矛盾?」

「すべての痛みを知る、最も弱い人間が我らの王とならなければいけない。そして、その最弱の人間は、我らより強くなければならない」


 それは確かに実現不可能な矛盾を含んでいる。

 だが、それでもなんとか出来ないか。

 そう考えてしまう。

 闘技場の上で、(たたず)むミアキスがどこか寂しそうに見えたからだ。


「お忘れになりましたか? その夢はもう遥か昔にお捨てになったはずです。この大会が終われば、我ら四人と辺境の地へと参りましょう、魔王タクミ様」

「え? ちょっとまて……」


 夢。遥か昔に魔王が捨てた夢。

 かつて魔王は人々と平和に暮らすことを望んでいたのかっ!?


 アザトースに問い掛けようとした時だった。

 膝の上に座っているチハルが俺の太ももをぎゅっと握る。

 そのチハルの顔は、今にも泣き出しそうな複雑な表情で、俺は声をかけることができず、ただチハルを後ろからぎゅっと抱きしめた。



「それでは一回戦第四試合を始めますっ。マキナ様、アザトース様、闘技場へおあがり下さいっ!」


 アザトースを覆う闇が爆発的に広がり、闘技場へと向かう。


 その闇はまるで、人間と魔族を隔てる壁のようで、俺はまた何も言えず、ただアザトースを見送った。



 

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