二百五十六話 魔王少女
「な、なんでござるか、タクみんっ!! そのバンダナはっ!?」
「ああ、うん、ちょっとイメチェンしてみたんだ。おかしいかな?」
「お、おかしくなんかないでござるっ! 最近のタクみんは、なんというか、お顔も引き締まってきて、すごくカッコいいでござるよっ!!」
はぁはぁ、と息を荒げてロッカが力説している。
「え、そ、そうかな? 俺、カッコよい?」
「カッコよすぎるでござるっ! まるでダークヒーローみたいに時折見せる影のある表情が、た、たまらないでござるよっ!」
う、うん、近い、近いよ、ほぼゼロ距離だよ、距離感がっ。
「何を呑気なこといってるんだい、タクミ君。それどころじゃないだろう、この事態は」
変わってしまったボルト山の調査をたのんでいたデウス博士がマキナを連れて戻ってくる。
「ああ、おかえり、デウス博士。どうだった? ボルト山、元に戻りそう?」
「戻らないよ。いやもう科学的にとか、そういう次元の変化じゃない。根底から全部、作り変えられているんだ」
え? 戻らないの? だったらまた、もう一回消して復活させたほうがいいのかな?
「ストップっ! ストップだっ、タクミ君っ!!」
「へ?」
「へ? じゃないだろうっ! なんで山に向けて手をかざしてるんだっ! また消すのかっ! また僕たちごと全部消してしまうのかっ!?」
ああっ、やり直そうかなと思っただけで、いつのまにか右手が動いていた。
「ごめん、ついうっかり」
「つい、うっかりで山脈を消すんじゃないっ!! いいか、君はその力の強大さをもっと自覚するんだっ!! 加減を間違えたら世界そのものがなくなってしまうぞっ!!」
「またまたぁ、大袈裟だなぁ、デウス博士は」
「ぜんぜんっ、大袈裟じゃないんだよっ!!!」
ただでさえ大きいデウス博士の頭が今にも膨らんで爆発しそうだ。
「いいかい、タクミ君。あの『彼女』やアザトースですら、君にまったく歯が立たなくて退散したんだ。ギルドも崩壊して、大賢者やルシア王国騎士団も壊滅した。もはや誰も君を止められない」
いやいやいや、そんなことはないだろう。
きっと、アリスなら俺の力をすべて受け止め、全部元に戻してくれるはずだ。
「いいかい、もう本当に何もしないでくれたまえ。このボルト山は、漆黒の険しい岩山となり、誰も寄せ付けない自然の要塞と化している。僕が対策を見つけるまで、大人しく引きこもっててくれたまえっ」
「わかった。引きこもるのは得意だ。任せてくれ」
ナギサから借りたDVDも最後まで見てしまおう。いや、長いこと引きこもるなら、二周してもいいかもしれない。今度は吹き替えじゃなくて異世界字幕バージョンで見てみようかな。
「デウス博士。ソノ提案ハ、却下シテ下サイ」
「なぜだ? どうした、マキナ」
「コチラニ向カッテイル何カノ反応ガアリマス。大キナ力。『彼女』ヤ、アリス級カト思ワレマスッ」
え? いやいやいや、それってアリスじゃないのかな?
『彼女』たちはさっき帰ったばっかりだし、いくらなんでも、そこまで強い力の人なんか、もういないはずだよ。
「あ、もしかして文字人間が戻ってきたのかな?」
「なんだ、それはっ!? 僕のデータにないキャラだぞっ! 隠していたのかっ!? タクミ君っ!!」
「い、いや、ちょっと説明が面倒で。でも『超優しくて誰も傷つけない。誰よりも平和を望むナイスガイ』だから大丈夫だよ」
「なにそれっ! めっちゃくちゃ怪しいじゃないかっ! まったく大丈夫じゃないよっ!!」
まあ、俺も最初に見た時はそう思った。でも本当にナイスガイだから、きっと大丈……
ぐしゃんっ、とそれは空から落ちてきた。
ああ、やっぱり文字人間が来たんだ。と、最初は普通にそう思った。だけど、その文字は全部、薄く、か細く、今にも全部消えてしまいそうだった。
「も、文字人間?」
「……ああ、君か。そうか僕は負けたのか」
負けた? 第八部のラスボスだった文字人間が?
誰に? いや、コイツを負かす奴なんてアリス以外に考えられない。
「ここに落ちたのか」
だけど、文字人間の後から、やってきたのは、1人のどこにでもいそうな、見たことのない普通の少女だった。
「やはり、我々は惹かれ合う運命のようだ」
なんだ? 強くなってから感じたことのない感覚だ。
『彼女』にも、まったく警戒しなかった俺が、ただの少女に身構えているのか。
「こらこらこら、いきなり現れて、この小娘は何をいうのでござるか。タクみんと惹かれ合うのは拙者、ただ1人でござる……」
「近づくなっ、ロッカっ!!」
時間を止めたような刹那の瞬間で、ロッカと少女に割って入ろうとした。しかし、それよりも前に少女の手がロッカのおでこに触れてしまう。
「返してもらうぞ。それは元々、余の魔力だ」
「あっ」
「ロッ」
ロッカのオデコから緑一色が発動する間もなく、俺が名前を呼ぶ間もなく、少女の手の中にロッカの全てが吸い込まれていく。
「ふぅ、これでも僅か、ほんの100分の1といったところか。やはり、本命を返してもらわねばなるまいな」
俺の中で、何かが出ていこうとしているのがわかる。
そうか、本来あるべき場所に帰ろうとしているのか。
「……久しぶりだな、魔王。その身体は新しい憑代か?」
「ああ、そうだ。初めての壊れない憑代だ」
大賢者ヌルハチや天才魔法使いリンデン・リンドバーグ以上の憑代ということか? まさか、どう見ても普通の少女にしか思えない。
「まあ、どっちでもいいか。とにかくロッカは返してもらうぞ」
「断るよ。これは最初から余のものだ」
ちがう。第六禁魔法として生まれたとしても、ロッカはもう、俺の大事なお弟子さんだ。
「タクミ君っ! 力の加減をっ!!」
デウス博士の声が妙に小さく感じられた。ロッカを奪われて手加減などできるはずがない。
『彼女』に放った一撃よりもさらに力を込めて、少女に向かって解き放つ。
絶縁結界ごとボルト山を消滅させた力が溢れて、全てが真っ白に染まっていった。
「あ、あれ?」
消滅していない。まったく変わらない風景が目の前に広がっている。
「俺の力は?」
少女は何も答えず、漆黒の岩山に腰掛けて足を組み、その上空には不気味なカラスが旋回していた。




