閑話 アリスと文字人間
「やっと見つけた」
永遠の場所の、果ての果て。
ありとあらゆる廃棄物で埋め尽くされたゴミの山。
その上に文字人間は、王様のように座っている。
「よくボクを見つけたね、アリス」
ずっと探していた。
作家がコイツを作ってから。
今まで探し回ってやっと見つけることができた。
タクミの所に現れた痕跡がなかったら、未だに探していただろう。
ワタシもコイツは、タクミの中に入っているか、タクミ本人に化けていると思っていた。
「……タクミに何をした?」
「何もしていないよ。いや、何もできなかったのが正解かな」
ゴミの山から文字人間が立ち上がり、両手を広げる。
「そう、ボクはただのキッカケだったんだよ。もう第八部のラスボスでもない。ただの『超優しくて誰も傷つけない。誰よりも平和を望むナイスガイ』なんだ」
あり得ない。
どうして落書きのようにタクミが書いた文字が、作家が書いた設定と同じように、効力を持ち残っているのか。
「そうだね。普通ならあり得ない。例え、キミが書いたとしても、それは何の意味もないただの落書きだ。でもタクミは違う。彼は無意識のうちに文字の才能に目覚めてしまった」
「ふざけるな。いくらタクミが万能でも、そんなことができるはずがない」
そうだ。作家以外が登場人物の設定を変えてしまったら、それはもう物語として成り立たない。
「それが、できてしまったんだよ。文字を書き込み、設定を付与することができる唯一の存在、その作家とタクミがあまりにも酷似していたために」
文字人間の身体中に書かれた文字が、うねうねと生き物のように動いている。
「作家が作品を書くにあたって、登場人物には、ある程度のモデルが存在している。それは少なからず作家の家族や近しい者たち、友人や恋人といったところかな」
しばらく作家の側にいたが、そういった者たちを見ることはなかった。それでも過去に出会った者たちを参考に書いているのか。
「そして、その中でも最も作者に近いのが主人公。つまりタクミのモデルはボクたちを作った作家そのものなんだよ」
「バ、バカなっ!!」
あのぐうたら作家とタクミがっ!?
それこそあり得ない。いつも凛々しく、厳しい修行を自らに課し、超絶男前のタクミと、あのボンクラがっ!!
「う、うん。キミはだいぶタクミを美化しているからね。でも、作家の側にいて少しは感じていたはずだよ。タクミに似た雰囲気を」
た、確かに、不思議とずっと一緒にいても嫌な感じはしなかった。むしろタクミ以外で、ここまで馴染めたのは、あの作家だけだったかもしれない。いや、しかし、それでも……
「まあ、キミが否定しようがしまいが、タクミは作家と同じ存在と物語に誤認定されている。だから彼の書いた文字はちゃんと設定として認められていく。それが今の彼の力なんだよ」
そうだな。作家とタクミが同じタイプということは、今は置いておこう。
問題は今のタクミの力だ。
「タクミの身体には文字は書かれていない。新しく現れたオデコの文字以外は。それなのに、どうしてオマエに書かれている文字と同じような力を持っているんだ?」
「中だよ」
トントン、と文字人間が自分の胸を拳で軽く叩く。
「え? 中?」
「そうボクは最初、タクミの中に隠れていようと思ったんだ。彼が持つ聖杯は無限に広がっているからね。隠れ場所にはピッタリだと思って、でも……」
文字人間に書かれた文字がさらに振動する。ブレすぎてもはや文字として見えないレベルだ。
「そこには信じられないほどの文字がビッシリと埋まっていた。ボクの身体文字なんか比ではないっ、無限に続く器の中で、無限に文字が書き込まれていたんだっ!!」
想像ができない。
どうやって自分の器の中に文字が書けるんだ?
設定を加える前から、タクミにそんなことができたのか?
「魔王崩壊だよ。タクミの中にあった魔王の魔力が、聖杯の器に文字を書き込んでいる。こうなりたい自分。こうでありたかった自分。ずっと最弱だった自分が理想とする最強を、彼は無意識に今も書き続けている」
い、今も? これから、まだまだタクミは強くなっていくのか?
カタカタと地面が揺れている。
自分が震えていると気づいたのは、随分と後のことだった。生まれて初めて、ワタシは恐怖を感じているのか。
「もう誰にも止められないんだ。タクミのオデコの文字を見ただろう」
「……第八部ラスボス」
「え? ちがうよ」
「え? ちがうの?」
文字人間がコクリと頷く。
「ああ、そうか。上の方は髪の毛で隠れて見えてなかったんだね。うん、今、ちょうどいいね。ちゃんと見てごらん」
タクミのことを想って目を閉じると、どこで何をしていようがハッキリと見ることが出来る。
これは作家がワタシに与えた設定ではなく、強い想いが生んだものだと思いたい。
「あっ」
文字人間が言ったように、ちょうどタクミが前髪を上げて、バンダナを巻こうとしている。
隠れて見えなかったラスボスの上の文字がハッキリと見てとれた。
「まさか、そんなっ」
第八部などという文字はそこにはない。
文字人間は、いつのまにかゴミ山から消えていた。
それを追う余裕もなく、ただ立ちすくむ。
『うちの弟子ラスボス』
すべての物語の頂点に立つ、唯一無二の名がそこに書き記されていた。