二百四十八話 リューイーソー
「タ、タクみん、それは新たな修行でござるか? ざ、斬新でござるな」
「うむ、ロッカは真似するんじゃないぞ。お前にはまだ早い」
「わ、わかったでござる。拙者、絶対真似しないでござるよ」
全身をロープでぐるぐる巻きにされ、胸元に「強すぎ反省中」のプレートをぶら下げている。
前回、手加減したにもかかわらず、ド派手にクロエをぶっ飛ばした。
どうやら俺はまだこの得体の知れない力を制御できないみたいだ。
恐ろしく危険な力なので、どうしたものか、とカルナと相談した結果、こんな姿に成り果ててしまった。
「しばらく、俺はこのまま芋虫のように、はいつくばって暮らそうと思う。できたら毎食、ご飯を持ってきてほしいのだが、頼めるだろうか。レイア以外で」
「お、恐ろしい修行でござるな。ま、任されたでござるよ」
うむ、これでもう誰かを傷つけることもないだろう。
アリスが帰ってきたら、なんとかしてくれると信じて、いっさい何もせず、ただゴロゴロと暮らしていこう。
『タッくん、これ敵とか来たらどうしようもないで』
「大丈夫だろ、最近ずっと平和だし。俺は今の俺が一番怖いよ」
『まあ、そうなんやけどな。でもタッくん、黒龍の王をデコピン一発で倒したって、新たな伝説になってるで。噂聞いて変なん来んかったらええんやけど』
まあ、その時はみんながいるから大丈夫。
「うちには今、人類最強と第六禁魔法、さらには大賢者までいるんだ。俺に手を出そうとするやつは、彼女たちが黙っちゃいないぜ」
『タ、タッくん、強なったのに、あんまり前と変わってへんな。なんか安心するわ』
よきかな、よきかな。さあ、たまっているDVDを見ようかね。あ、手が使えないんだった。
「カルナ、ポータブルDVDの電源を入れてくれ」
『無理やで、うち魔剣やで。手とかあらへんよ』
「仕方ない、こう、オデコでうまくボタンをっ、くそっ、難しいな」
「何をやっとるじゃ、タクミは」
ジタバタするカッコ悪い姿をヌルハチに見られてしまう。
「い、いいところにきた、ヌルハチ。電源を入れて再生してくれ。そして二、三時間後にまた来て、電源を落として充電もしてくれ」
「なんでそんな面倒なことせんといかんのじゃ!」
「むぅ」
「むぅ、ではないわっ、お主、この事態、軽く見過ぎではないか?」
だって、深刻になってもどうしようもないじゃないか。
俺がずっと最強なんてありえないし、しばらくしたら元通りになるに決まっている。
「……勝手に元に戻ったりはせんぞ。それどころか日に日に力は増しておる。このままでは、最悪、自らの力に押し潰され、消滅するやもしれん」
「え? またまたぁ、そんな大袈裟な……マジ?」
「マジじゃ」
えっ!? おれ、おれの力に押し潰されちゃうの!? ……でもヌルハチ、本気の顔してる。
「ちょ、ちょっとカルナ、俺の力を吸ってくれ。できるだけ、精一杯っ」
『あかんっ、タッくんっ、力大きすぎて1ミリも吸われへんっ! 無理したら、うちが破裂してまうわっ!』
えええっ!! そ、そこまでなのっ!?
「な、なんとかしてくれ、ヌルえもん」
「誰がヌルえもんじゃ。まあ一つ、策がないわけでもないが」
さすがヌルえもん、大賢者型エルフ。
「いつ暴走するかわからない大きな力は、そんなロープごときで抑えれるものではない。じゃが心に緑が溢れ、植物のように闘争心が消えていれば、その力が発動することはないはずじゃ」
ん? 心に緑? 植物?
「なんか、どこかで聞いたことがあるような」
「大精霊の秘魔法 緑一色じゃ」
「第一禁魔法じゃないかっ!!」
緑一色をかけられた者は、闘争心と同時に様々な活力も失われていき、やがて日に当たるだけで光合成ができる身体に変化をとげ、植物のように生まれ変わってしまう。
ルシア王国に広がる大草原は、緑一色によって変えられた、かつての兵士たちと言われているほどの恐ろしい禁魔法だ。
「ヌ、ヌルハチ、そんな禁魔法使えたのっ!?」
「リンデン・リンドバーグが魔法王国の王になってから密かに研究しておったのじゃ。まだ未完成で範囲は狭いが、タクミ1人くらいなら植物に変えれるじゃろう」
「いやだよっ! 植物に変えないでっ!!」
逃げだそうとしたが、全身ロープで拘束されてるので動けない。
「心配せんでよい。アリスが帰ってくるまでの、少しの間じゃ、後でちゃんと戻してやるぞ」
「も、戻し方も研究した?」
「………これから頑張るつもりじゃ」
いやぁああああっーーーーーー!!
声にならない声をあげ、必死にジタバタする。
ダメだ。ロープがさらにからまって、ビタンビタンと活きのいい魚のように跳ねることしかできない。
「そんなに怖がらなくてもよい。すぐに何も感じなくなるはずじゃ」
「余計に怖いよっ! カルナっ、黙ってないでっ、助けてくれっ!!」
『いやタッくん、ここは受け入れとこ。強いタッくんなんてタッくんちゃうし。植物なっとこ』
「いやぁああああっーーーーーー!!」
ロープを引きちぎろうとしたが解けない。なんでこんな時に限って、あの化け物みたいな力は出てこないんだっ!?
「果てしなく広がる緑の大地。彼の地にて、我は誓わん。緑と共に未来永劫、穏やかに眠らんことを……」
な、なんか呪文の詠唱みたいなの始まってる!?
「リャンソー、サンソー、スーソー、イーペーコー、ローソー、パーソー、発、発、発っ!!」
なんかどっかで聞いたことあるっ!!
「生きとし生けるもの、すべて緑に染まれっ! 緑一色っ!!!」
「ぎゃあああぁぁあぁあああっーーーーー……ん? あれ? なんともないぞ」
これといって別に変化はない。まだ未完成だったのか? 緑一色。
『タ、タッくん、ヌルハチがっ』
「へ?」
先程まで禁魔法を唱えていた大賢者はもういなかった。
目の前にいるヌルハチは、クロエが穴を開けた洞窟の天井から覗く太陽を、ただ、ぼーー、と眺めている。
「ヌ、ヌルハチ?」
「おひさま、ぽかぽか、こーごーせー」
『は、跳ね返したんや。タッくんが緑一色を』
頼りにしていた大賢者ヌルハチが、植物のように生まれ変わった。




