二百四十七話 デコピン
「こ、怖い。自分の底知れない力が怖い」
まさか、俺がそんなことをつぶやく日がくるなんて。
レイアのカットやヌルハチの転移魔法。はては昔懐かしい親父の料理。
どうして俺は、その人の全てともいうべき秘奥義まで簡単に真似できてしまうのか?
「なあ、カルナ、俺はいったいどうなってしまったんだ?」
『……わからへん。ずっと見てるけど、さっぱりわからへん。今のタッくんは、前とまったく同じ最弱のタッくんやから』
前回、カルナは何も話さず、ずっと俺の様子を観察していたらしい。
だけど、わかったことは何かの拍子に、俺がいきなり最強モードに切り替わる、ということだけだった。
『とにかく原因がわかるまで、しばらくなんもせんとこ。稽古とか料理とか、体調悪いいうて誤魔化しとき』
「お、おお、何もしないのは得意だからな、任せとけ」
『う、うん、頼もしいな』
よし、家事はレイア以外に任せて、しばらくはダラダラと過ごしていよう。
向こうの世界からナギサが持ってきてくれた韓ドラのDVDを一気見しようかな。全二十六話の大ボリュームだし。
「タクミ殿ーーっ、お久しぶりですーーっ!」
「げっ」
『ク、クウちゃんっ!?』
まさにゴロゴロとDVDを見ようとした時、洞窟の入り口から懐かしい声が聞こえてくる。
「ク、クロエ? 先日、黒龍の王になったばかりで忙しいはずじゃなかった?」
『ほんまやで。じいちゃんの引き継ぎや、新しい婿探しでしばらく来れへんはずやのにっ…… あっ!』
「ええ、カル姉、我は婿を探しにきたのですよ。タクミ殿という婿をっ!!」
どぎゃーーん、とカッコいいポーズをつけながら洞窟に侵入してくるクロエ。
初めて出会った頃を思い出させるように、強烈なオーラを放ちながら鋭い目が赤く光っている。
『え? ええっ、クウちゃんっ、まだタッくん、あきらめてなかったんっ!?』
「あきらめるはずがないっ、黒龍の王になってもらう望みは叶わなかったが、我の伴侶はずっとタクミ殿と決まっているっ!」
うん、決まってない。
「そういうわけでタクミ殿、我と戦ってくれませぬか?」
「どういうわけでっ!?」
『ま、まさか、クウちゃんっ! 黒龍一族の掟、決闘婚をやるつもりなんかっ!?』
え? なにその物騒な婚。
「ええ、カル姉。黒龍の王となった者は、決闘に勝った者を強制的に娶ることが許されせる。これは創設者である古代龍のじいちゃんが人類と交わした約束であり、たとえタクミ殿でも断ることはできない」
断れるし、断るよっ!
「ちょっと、カルナ。あのじいさんに言って約束を取り消してもらおう。……あれ? 古代龍のじいさん、今、どこにいるんだっけ?」
『あかんわ、タッくん。じいちゃん、アザトース襲来の時に向こう行ってから帰ってこおへん。もともとあの世界で役者とかやってて有名やったから、チヤホヤされて居心地いいみたい』
あ、あのじじい。ちょっとうらやましい。
『で、でもクウちゃん、タッくんは宇宙最強やで? 戦って勝つなんて無理ちゃうの?』
「見くびらんといて、カル姉。うちがいつまでも気づいてなかったと思ってるんっ? カル姉の言葉もずっと聞こえてたんやでっ!」
ん? も、もしかしてクロエ、俺が本当は最弱だってことに気づいてるっ!?
『ちょっ、ちょっとまちいや、クウちゃんっ! ほんなら、なんでっ!? もうタッくんを婿にする意味なんてないんちゃうんっ!?』
「それも言わへんとわからへん? カル姉」
え? わからないよ?
「カルナは言われなくてもわかるのか?」
『タッくんは黙っててっ! 乙女の気持ちに鈍いんやからっ!』
クロエは人間形態のままなのに、まるでドラゴンに変身した時のような圧倒的なオーラが溢れ出す。
『い、いつのまにそんな強なったんや、クウちゃん』
「王にしか引き継がれない黒龍の秘伝奥義。すべて習得させてもらった」
そんな秘伝習得した婚したくないよ。
『……それでもやめとき、クウちゃん。今のタッくんは、ちょっと普通やないから』
「あ、そうだった。今、俺、本当に最強ぽいっんだった。タイミング悪いな、クロエ、今日はやめたほうがいいぞ」
「……ど、どこまでも」
あ、なんかクロエのツノから湯気が出てる。
言い方マズかった?
「どこまでも、うちをバカにしてっ! ふざけるんやないでっ!!」
クロエの咆哮と共に、ドガンと漆黒の落雷が洞窟を貫いた。
長年お世話になった雨風を凌ぐ、天井さんがお亡くなりになる。
『タっくんっ、クウちゃんヤバいでっ! 黒雷やっ! 雷操っとるっ!!』
「あ、うん、とりあえず外に出ようか。洞窟潰れちゃう」
やっぱりおかしい。
こんな状況、いつもなら恐怖で動けなくなるのだが、雷をヒョイヒョイさけながら、普通に歩いていける。
「カル姉が誘導してるんかっ!? 邪魔せんといてっ!!」
『うち、なんもしてへんで。クウちゃん、声、聞こえてるんやろ?』
「くっ! アホなっ! ありえへんっ!!」
俺が雷を簡単に避けるのが予想外なのか、クロエが洞窟の外へ後退りしていく。
俺はそのまま、スタスタとクロエに近づいていき……
「ダメだぞ、クロエ。洞窟の天井壊したら」
「タ、タクミ殿、あなたは一体……」
勘違いとはいえ、長い間、最弱を隠して騙す形になっていた。
悪いことをしたと思うが、それはそれ、これはこれ。天井を壊したお仕置きはしなければならない。
とりあえず、デコピンくらいはしておこう。
「クロエ、だ、め、だ、ぞっ」
『あかんっ! タッくんっ、手加減してっ!!』
「えっ?」
カルナの言葉で指に込めた力を極限まで抜いてみた。
ほんの少し、ちっ、とかすめるように、指先がクロエのおでこに触れる。
黒龍の王となり、かつてないほどまでに強くなって現れたクロエは。
光の速さで吹っ飛んでいき、本拠地であるエメラルド鉱石で囲まれた大鍾乳洞に激突した。




