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二百四十六話 はじめてのお料理インフィニティ

 

 おかしい。

 絶対におかしい。

 俺はいったいどうしてしまったのだろうか?


 普段、暮らしている分には変わりない。

 だが、突然スイッチが切り変わるように、俺の中で変化が起きる。



「あれ? タクミさん、早いですね、おはようございます」

「あ、ああ、おはよう、レイア」


 まだ日が明けたばかりの少し肌寒い春の早朝。

 洞窟に差し込む光が、ほんの少し身体を暖めてくれた。


「今日は寒いな。タクミ村で買った芋が結構残ってるし、朝食は芋粥いもがゆにしようかな」※

「あ、いいですね。芋の皮剥き、手伝いますね」


 芋の皮剥き修行を免許皆伝したレイア。

 超宇宙(ちょううちゅう)薄皮(うすかわ)芋剥千極練(いもむきせんごくれん)を習得したことで、もはや芋剥きにおいては、どんな種類の芋でもレイアの右に出る者はいない。

 いつもなら、皮剥きは全てレイアに任せるのだが……


「今日は俺もちょっと剥いてみようかな」

「え? タクミさんが芋剥きをっ!? こ、光栄ですっ! あの伝説の神技がまた見られるなんてっ!!」


 出会った頃に見せた俺の芋剥きは、レイアの中で完全に神格化されている。

 今見たら、あまりにも普通の皮剥きに絶望するんじゃないか、そう思ってずっとレイアの前では芋を剥かなかった。


「だが、今なら」


 籠から、すっ、と芋を取り出しナイフを握る。

 元から速さでは到底敵わない。丁寧に慎重に、芋の表面をナイフで……


「え?」


 終わっていた。

 手に持っていた芋だけではない。

 籠の中に入っていた大量の芋まで、一つ残らず、全て綺麗に剥けている。

 たった一振り。俺はナイフをシュッ、と動かしただけなのに。


「た、た、た、タクミさんっ!? い、い、い、今のはっ!! 今の皮剥きは一体っ!?」


 うん、聞かないでね。俺もまったくわかってないから。


「芋がっ! まるでお芋が自らナイフの方へ吸い込まれていくようにっ!!」

「え? 今の見えたの?」

「ほ、ほとんど見えませんでした。カット能力を使い、タクミさんの動きを分割してコマ送りにして、それでもかろうじて見えた程度ですっ!」


 そ、そんな速かったの? こ、怖っ、俺、こっわっ!


「ま、まさかこれ程とはっ! 私、愚かにも、芋剥きだけならタクミさんと肩を並べれるところまできた、と激しく勘違いしていましたっ!!」


 ぐしゃ、と力なく崩れ落ちるレイア。

 うん。それ、ロッカでも見たよ。


「ごめん、レイア。ちょっと体調が悪いみたいだから、朝ご飯の支度、任せてもいいかな?」

「だ、大丈夫ですかっ、タクミさんっ! ……えっ? 体調が悪くてあの神業をっ!?」


 まずい。なんだか勘違いが加速しているぞ。

 いや、これはもう勘違いじゃないのか?

 本当に俺は変わってしまったのか?


「なあ、レイア。俺、変わったような気がするか?」


 なんとなく、ちょっとかっこつけたポーズをとってみる。

 でも、やめて。あんまりジロジロみないで。恥ずかしいから。


「……いえ、タクミさんは出会った頃からなにも変わっていません。どこまでも広がる宇宙のように、私には、ずっとその力を計ることができませんでした」

「そ、そうか」


 うん、どこまでいっても何もなかったからね。無駄に計らせて申し訳ない。

 でも、今みたいに異常な力が発動してもレイアには同じに見えるのか。……原因がわかるまで、ちょっとみんなには黙っておこうかな。


「そういえばアタミ、いやアリスはまだ帰ってこないのかな?」

「アリス様は永遠の場所でちょっとやることがあるみたいですよ。しばらく留守にするので何かあったらタクミさんを頼む、とお願いされました」


 うーん、アリスだったら何か知ってる気がしたんだけど。

 仕方ない。帰ってくるまでおとなしくゴロゴロしていよう。


「それじゃあ、あとは任せた。頑張ってくれ、レイア」

「任せてくださいっ。はじめての料理っ、死ぬ気で頑張りますっ!」


 あ、あれ? なんだか聞いたようなフレーズだ。

 会っていない間にレイアも成長して料理くらい簡単にできるようになっている、と勝手に思い込んでいた。


「た、頼んだぞ。信じてるからな」


 信じなければよかったと後で死ぬほど後悔した。



 どうしてこうなった。


 レイアに頼んだ朝ご飯は、簡単な芋粥だったはずなのに……


「め、召し上がれ」


 目を合わせずにレイアがそう言った。

 さすがにやらかしたと思っているようだ。


「い、いただきます」


 なんとか、そう言いながら目をこすって、改めて朝ご飯を確認する。

 ああ、やっぱりまぼろしじゃない。

 なかなか現実を受け入れられない。


 お米はちゃんと炊けていない。芋は切らずに丸ごと入っている。でも、それはまだ些細なことだ。一番の問題は、お茶碗の真ん中にのせられている不気味な物体……


「これ、芋じゃないよね」

「え、ええ、芋じゃない、です」


 レイアは未だに目を合わせない。

 ダラダラと汗を流している。


「レ、レイア様、せ、拙者、今日はお腹の調子が悪いみたいでござ……」


 席を立とうとするロッカの腕を、ガシッと掴む。

 逃がさないよ。1人でも減ればその分、食べなきゃいけない割合が増えるからね。


「ああっ、ヌルハチもサシャに呼ばれておるようじゃ。ざ、残念じゃがルシア王国に転移せねばならんっ、今すぐにっ! ……あ、あれ? 転移が始まらんぞ?」


 頭の中で行かないで、って思っただけでヌルハチの転移魔法がキャンセルされた。やはり、俺の中で何かが起こっている。でも、今はそれどころじゃない。


「せっかくレイアが頑張って、初めて料理を作ってくれたんだ、みんな、有り難く頂いこう」

「タ、タクミさんっ」

「もちろん、レイアも一緒にだよ」

「えぇええっ!?」


 オマエ、タベナイ、ツモリダッタナ。


「む、無理でござるよ、タクみんっ! この浮いてる動物のオテテ。そのままぶち込んだだけでござるっ。毛が、毛が生えてるでござるよっ!」

「タ、タクミさんが体調が悪いみたいなので、スタミナをつけてもらおうと、ボアを狩ってぶち込んだのですが……ちょうど4本ありましたし……」


 うん、そんなちょうどいらない。


「タ、タ、タクみんっ、この料理、最後の仕上げをしてみないでござるか? ほら、レイア様も初めての料理だったわけだし、どう見ても未完成ぽいでござるよっ」

「いや、しかし、レイアが一生懸命作ってくれたものに、手を加えるわけには……」

「そ、そんなことはないとヌルハチは思うぞ。ほら、タクミが仕上げたら、2人の共同作業になるではないかっ、初めてのっ」


 え? いいのか? それ? 

 レイアのほうを横目で見ると……


「きょ、共同作業。タクミさんと初めての共同作業」


 なんだか顔を赤くして夢見心地だ。

 どうやら手を加えても良さそうだけど。


「じゃあ、ちょっとだけ」


 とりあえず、ボアの手はちゃんと捌いて、毛を取り除かないと。あと芋を細かく切って、米を炊き直すか。


 ……これ、ちょっとじゃなくて、一からやり直しじゃない?


 とりあえず、お茶碗の中身を鍋に戻してから……


「あ、あれ?」


 いつのまにか、お茶碗の芋粥が美味しそうに完成している。

 ボアの手は綺麗にササミのようにほぐされ、芋は均等にホカホカのお粥の中に散りばめられていた。


「え? 今、俺、何をしたんだ?」

「カ、カット能力。タクミさん、いつのまに私の技をマスターしたんですか?」


 え? 俺そんなの使ったの? 無意識で?


「て、転移魔法も発動しとった。台所に移動するために使ったのか?」


 ええっ、俺、そんな贅沢な使い方したのっ!?


「タ、タクみんっ、この芋粥美味すぎるでござるっ! 口に入れるたび、ボアと芋とお米が奏でる交響曲シンフォニーが聞こえてくるでござるよっ!」


 え? そ、そうなの? 

 それ、どうやって作ったのか、まったく覚えてないんだけど。


 恐る恐る、自分で作ったはずの芋粥を口に運ぶ。


 なんだ? これはっ!? 親父っ!? 

 宿屋で料理をする親父の姿が蘇る。


 信じられないことに、その芋粥は昔懐かしい、育ての親の味だった。



※ タクミが育て備蓄していたお芋さんは、「第七部 五章 二百三十六話 記念日」でロッカが全部食べてしまいました。

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