前話 穴
今年も一年うちの弟子をご愛読、ありがとうございました。
今年最後のお話は、第八部、始まりの前のお話、前話になります。
来年もうちの弟子をどうぞよろしくお願い致します。
ぐしゃりと崩れたまま立ち上がれない。
そのまま寝そべって天を見上げる。
タクみんは何事もなかったように、パン祭りの支度に帰ってしまった。
……ちょっと強すぎではござらんか?
超宇宙どころではない。
強さの次元が違いすぎて、その片鱗すら掴めない。
『自惚れぬな、ロッカ。俺が全力を出したら、お前は跡形も残らない』
タクみんの言葉に偽りはなかった。
それどころか全力で手加減されても、まるで相手にすらならなかった。
「うわぁあああああああああっ、恥ずかしいでござるっ! 拙者、『さあ、タクみん、はじめての全力を見せてほしいでござるっ! 今の拙者なら受け止めてみせるでござるよっ!!』なんて言ってしまったでござるっ!!」
真っ赤になった顔を両手で隠し、丘の上で泣き叫ぶ。
「何をやっとるんじゃ、お主は」
「だ、大賢者ヌルハチっ」
最近、ヌルハちぃから元に戻った大賢者。
小さくなくなったらタクみんは可愛がらないので、早く帰ればいいのに図太く洞窟に居座っている。
「な、なんでもないでござるよっ、ほっといてほしいでござるっ」
「そうもいかん。ヌルハチもこの丘で魔法の修行をしておるからの。泣き喚くなら洞窟でやってくれんか」
「い、今はタクみんに合わす顔がないでござるよ」
「ああ、なるほど、そういうことか」
くっ、大賢者にもタクみんにボロ負けしたことがバレてしまったでござるっ。
「タクミにフラれたんじゃな。まあ、皆が一度は通る道じゃ、へこたれずに……」
「フラれてないでござるよっ!!」
大賢者め、なんと恐ろしいことを言うでござるか。
「なんじゃ、ちがったのか。では何故泣いておるんじゃ」
「ぬぅ、拙者、タクみんに戦いを挑んで、ぶっちぎりで負けたでござるよ」
「ふぇっ???」
大賢者の顔面が驚きで崩壊する。タクみんと戦うこと事態、無謀すぎたということでござるか?
「え、ええぇぇええっ、お、お主、タクミと戦ったのか? ま、まさか本気ではないよな? あ、遊びのような稽古じゃろ?」
「拙者は全力全開でござったよ。……タクみんは限界まで手加減してくれたようでござるが」
今度は大賢者の顔面がさー、と青くなる。ちょっと面白い。
「タ、タクミはっ!? タクミは無事なのかっ!? 回復をっ、いや四神柱の朱雀を召喚せねばっ!!」
「いや何を言ってるでござるか。拙者ごときの攻撃がタクみんに当たるわけないでござるよ。よける動作すら認識できなかったでござる」
「ん? んんんんんん??? ヌ、ヌルハチが聞き間違えたのかの? タクミの動きが認識できない? ええ? 五歳児と同レベルか、それ以下のタクミの動きが?」
なぜか大賢者が大混乱している。元に戻ったばかりで、記憶がおかしくなってるでござるか?
「タクみんの動きは、レイア様のカット能力よりも恐ろしかったでござる。止まった時間の中を1人だけ動いているような、そんな感覚でござったよ」
「……………タクミが?」
「タクみんが、でござる」
ほけー、と大賢者はしばらく大口を開けて空を眺めていたが……
「はっ、偽物かっ、もしかして、またアザトースのやつがっ」
「いやいや拙者がタクみんを見間違えるはずがないでござるよ。大賢者にはわからないでござるか?」
「ぐっ、確かにっ、朝見たタクミはまごうことなきヌルハチのタクミであったわ」
ヌルハチのではないでござるよ。拙者のタクみんでござる。
「でもそれなら一体何故? タクミに何が起こっておるのじゃっ!?」
「何がって? いつも通りの最強タクみんではござらんか。変でござるよ、大賢者。まるで普段のタクみんが、めちゃくちゃ弱いみたいな、言い方をしているではござらんか」
「よくわかっ……てないっ、そ、そんなことはないぞっ」
わたふたとせわしなく動く大賢者。
「タ、タ、タクミは、タクミはな…… えっと、そうっ、滅多なことでは力を表に出さんのじゃ」
「それはわかっていたでござるよ。最初見た時、そこらにいるゴブリンよりオーラが無かったでござるから。あそこまで力を隠せる人間がいることに、驚愕したでござるよ」
「そ、そうじゃろう、そうじゃろう」
あれ? 正解なのに大賢者が目頭を押さえているでござるよ。お腹空いたでござるか?
「これまで何度も世界の危機があったが、タクミが本気で戦うことはついに一度もなかった。わかっておるのじゃよ、本気で戦えば、この世界が形を保てず崩壊してしまうことを」
「そ、それほどまででござったのかっ!?」
「そ、そうじゃ、なのにタクミは本気で戦ってほしいというお主の切なる想いに答えようと、必死に限りなく、膨大な力を制御して、ほんのすこーーしだけ解放してくれたんじゃ」
「そ、そうだったのでござるかっ!!」
確かに六老導やレイア様との戦いでも、タクみんは全く戦う素振りを見せなかった。それどころか、敵に怯える演技までしていた気がする。
最近は毎日、ゴロゴロして何もしてないように見えていたが……
「タクみんは、どんな時も溢れ出る自らの力を抑えるため、戦っていたのでござるな」
「あ、ああ、うん、よくわかったの、そんな感じじゃ」
実力差を測るなどとんでもない。
「タクみんは、ずっとずっと、永遠に拙者の師匠でござる」
まるで、その言葉に答えてくれるように、丘の上に突風が吹き、ぶわっ、と拙者の前髪が跳ね上がった。
「ちょっとまてっ、お主っ!? タクミと戦ってダメージを負ったのかっ!?」
「ん? 何を言ってるでござるか? タクみんはギリギリのところで寸止めを……」
あれ? なんだかオデコがいつもよりスースーするでござるよ?
「さわるなっ!!」
「へ?」
大賢者が叫んだときにはもう遅かった。
おでこに伸ばした拙者の指先は、そこに辿り着けず、空を切る。
「あ、あれ? 拙者のおでこが?」
今の今まで気が付かなかった。
拙者のおでこに、拳大の空洞が空いていた。
そこから空気が漏れて、ひゅーひゅー、という風切音が聞こえてくる。
「……タ、タ、タ、タクみんは寸止めをしたはずなのにっ」
「指をもどすんじゃっ! 吸い込まれておるぞっ!!」
慌てて引っ込めると、指の先端が削れてなくなっている。
「な、な、な、なんでござるかっ!? この穴はっ!!」
「一体、何が起こっておるのじゃ」
「おーい、みんな、パンが焼けたぞぉ〜〜」
いつもと変わらぬ明るいタクみんの声が聞こえてきて、春のタクミパン祭りが始まった。




