二百四十四話 タタタタタッくん
「ぜーひーぜーひー、きょ、今日はこれぐらいにしといてあげるでござるよ」
文字人間騒動から帰ってきたら、アタミ(アリス)との修行を終えたロッカがボロボロになっていた。
「まだ大丈夫。もっとがんばる」
「え゛」
やめてあげて。もうロッカは虫の息だよ。
「ごめん、ロッカ。ちょっとアタミと話したいことがあるんだ。少し借りてっていいかな?」
「おおっ、そ、そうでござるかっ、いやぁ、これから本格的な修行に入ろうと思っていたが、タクみんのお願いなら仕方がないでござるなっ、いやぁ、残念でござるっ」
ロッカ、超嬉しそう。
こっそりと小さな声でアリスに耳打ちする。
「あんまりいじめるなよ、ロッカも意地っ張りだから壊れちゃうぞ」
「そんなことない。思ってたより頑丈だし、まだまだ強くなる。ワタシがいない時、かわりになれるくらい鍛えないと」
えらく見込まれたものである。
師匠として弟子に弱味を見せれないロッカは、たった二、三日で俺の修行100年分くらい頑張っている。
「それでお話はなに? 愛の告白?」
「ち、ちがうよっ! その姿でそんなこと言わないでっ! 変な性癖に目覚めたらどうするのっ!!」
「うひひ」
子供の姿になったアリスは、見た目だけでなく性格も子供っぽくなってる気がする。精神が肉体に引っ張られているのだろうか。
「で、お話は?」
「あ、ああ、さっきレイアと変なものを見たんだけど」
「変なもの?」
「うん、全身文字だらけで、おでこに『第八部ラスボス』って書かれてあった」
む、とかわいいアリスの眉間にシワがよる。
「身体中の文字はいろんな設定じゃなかった?」
「そうそう、混沌の王とか、何度でも蘇るとか、子供が考えたような馬鹿げたやつだった」
「ちっ、アイツ、ワタシが帰るまでラスボスは作るなっ、て言ってきたのに」
やっぱり永遠の場所関連のなにかだったんだ。
「ちょっとぶっ潰してくる。タクミ、案内して」
「あ、もういないよ。お腹に『超優しくて誰も傷つけない。誰よりも平和を望むナイスガイ』って書いたら、さわやかに消えていったよ」
「へ???」
アリスが今までにないような、びっくり顔できょとんとなる。
「いくらタクミでも未完成のラスボスに近づくことなんてできないはず。絶対不可侵領域をどうやって」
「いや、普通に歩いて行けたけど。あ、そうだ、文字人間のまわりに、小犬みたいなかわいい足跡がついてたな」
「まさかっ、あの子がっ!? タクミっ」
バッ、とアリスが小さな身体をひるがえす。
え? なに? 現場にむかうの?
「早くっ」
「わ、わかった」
さっきまで文字人間がいた洞窟の上にある丘まで、また向かう。うーん、やっとのんびりできると思ってたのに。
「あー、そこだ、アリス。その丘の真ん中。ちょうどそのへんに立ってたんだ」
「……これは、絶対不可侵領域の残滓。ワタシですら、ここまで破壊するのは不可能だ」
四神柱の結界を触れただけで粉々にしたアリスが?
そこまであの子はすごいのか。
「でもどうして、そのなんとか領域だけ消して文字人間は残したんだろ? ついでに倒してくれたらよかったのに」
「……未完成だから倒したくなかったのか、タクミならうまくやってくれると信じて託したのかな?」
うん、なんとかなったけど偶然だからね。
あんまり託さないでね。こわいから。
「これで残り3話だけじゃなく、第八部もずっと平和なのか、いや、まさか、そんな展開はあり得ない」
アリスが文字人間がいなくなった辺りを見ながら、よくわからないことを一人つぶやく。
「それに消滅したラスボスの気配も残っている。どこだ? 近くにいるようでもあるし、離れているようでもある。ワタシが気配をつかめないとは……」
え? ラスボスまだいるの?
驚いて思わずアリスの顔を覗きこむと、同時にアリスも俺を見て、目と目が合う。
なになになに?? アリスが真剣な顔で、俺の瞳の奥を覗きこむように見てくる。こわい、めっちゃこわいよ。
「ど、どうしたんだ、アリス」
「……見つけた」
ん? 何を?
「そこにいたのか、ナイスガイ。無限に広がる、器の跡地に」
「え? なに? ナイスガイどこにいるの?」
アリスが俺から視線を外し、ふっ、と小さく微笑んだ。
「しばらくは安心だ。ワタシもまだ、もう少しここにいられそうだ」
「そっか、よくわからないけど、それはよかった。いっぱい美味しいもの、作ってやるからな」
「うんっ」
アリスと二人、今来た道を帰っていく。
二往復目で身体は疲れているはずなのに、なんだか身体が軽い。
『ふわぁ、おはよ、タッくん。タッ? タタタ? タタタタタッくん???』
「おはようって、もう昼過ぎだぞ。それになんかタが多いぞ」
腰に帯剣している魔剣カルナが、寝起きでバグってる。
『な、なんやろ、一瞬、いつものタッくんと違って見えてん。タタタタタッくんって、感じやってん』
「うん、どんな感じかわからんが、気のせいだろ」
「うん、気のせい、気のせい」
横で歩くアリスも、そう言って口笛をふく。苦手なので、ひゅーひゅー、とかすれた音しかでてこない。
『ほんまやな。タッくんがムキムキマッチョのナイスガイなわけないもんな。うち、もうちょっと寝とこ』
「やっぱり近くにいるの? ナイスガイ」
アリスはそれに答えず、本物の少女のように、無邪気な顔で笑っていた。




