二百四十二話 愛弟子の名前
「拙者のお弟子さんは、なかなか優秀でござるっ」
「う、うん。そ、そうだね、優秀だよね」
いやちょっと優秀すぎないか?
ロッカに弟子入りしたのは、10歳ぐらいの、まだ小さな女の子。
実力を見るために、ロッカと練習試合をさせてみたのだが……
「はぁはぁ、て、手加減しているとはいえ、拙者の攻撃をすべてかわすとは、や、やるでござるなっ」
いやロッカ、手加減してないよね?
もう肩で息してるよね?
むしろ、お弟子さんのほうが、汗一つかかずに涼しい顔で立ってるよね?
「ま、まあ、防御は少しできるようでござるが、攻撃のほうはどうでござるか? 拙者、そちらはしょぼいとふんでるでござるよっ」
い、いいのか、そんなこと言って。なんか嫌なフラグがたっているような気がするぞ。
「……攻撃していいの?」
初めて、お弟子さんが声を出す。
可愛い、普通の少女の声。
しかし、なぜかその声には、圧倒的強者の凄みが抑えきれずに溢れていた。
「い、いいでござるよっ、おもいっきりくるでござるっ」
「……おもいっきり」
ロッカの前で、軽く小さな拳を握りしめる弟子の少女。
燃えてる? 少女の拳が、まるで炎を纏ったように、紅蓮のオーラに包まれているっ!?
「や、や、やっぱり最初なんで、おもいっきりはやめとくでござるかっ、少し力を抜いて、軽い気持ちできて欲しいでござるよっ」
「わかった」
少女がそう言った瞬間には、すでに拳は放たれていた。
光と音を置き去りにして。
ぼんっ、と衝撃音が後から遅れてやってくる。
吹っ飛んだロッカは、洞窟前にある巨大な岩にめり込んでピクピクと小刻みに動いていた。
「え、えっと、これ、手加減した?」
「うん、ひゃくぶんのいち、ぐらい」
規格外の強さ。
ラスボスだったレイアを倒したロッカを超える人物など、俺は一人しかしらない。
「君、名前は?」
「……はっ、しまった。かんがえてなかった」
「君、アリスだよね?」
「……ちがう、そんな素敵な名前ではない」
「アリスだよね?」
「よ、よくわかったな、そのとおりだ」
うん、それ取らないでね。
「な、なんで? なんで子供の姿でやってきたの? しかもロッカの弟子で? 先週、しばらく会えない感じで帰ったばかりじゃなかったっ!?」
「し、しかたないじゃないか。久しぶりに会ったら懐かしくて、もっと会いたくなってっ。いいタイミングで、弟子募集とかしてたからっ」
「そ、そうなの? でもいいの? 永遠の場所は? なんか世界に関わる大事なことをしてるんじゃ?」
すぐ帰ってきてくれたのは嬉しいが、まだまだ帰れない雰囲気だったぞっ!
「とりあえず代わりを置いてきた。しばらくは大丈夫なはず」
「アリスの代わり? 一体誰が?」
「……あの子なら、たぶん、大丈夫。優秀な番犬だから」
番犬?
わふっ、と懐かしい声が聞こえた気がして、空を見上げる。
うん、確かに大丈夫な気がする。
「でも、このままロッカの弟子になるのは不自然じゃないか? 明らかにアリスのほうが強いじゃないか」
「む、むぅ、もうすこし手加減、頑張ってみる」
とててて、とアリスが駆け寄って、ロッカを岩から引っ張り出す。
頑張って背伸びして、ごにょごにょと耳打ちすると……
「いやぁ、そうだったでござるか。拙者の力が強すぎて暴発してしまったのでござったかぁ」
「うん、ワタシ、なにもしてない」
いいのか? そんな雑な言い訳で騙されてしまっていいのか、ロッカ!?
「拙者、ちょっと強くなりすぎたでござるなぁ、申し訳ないでござるよぉ」
「師匠、天才、尊敬」
「照れるでござる、それぐらいにしておくでござるよ、愛弟子」
お弟子さんから愛弟子にランクアップしてるっ! チョロい、チョロすぎるぞ、ロッカっ!
「そういえば浮かれていて名前を聞くのを忘れてたでござるな、愛弟子の名前は何でござるか?」
あっ、しまったっ! アリスのやつ、名前まだ決めてないんだったっ!
「……アタミ」
くっつけたっ! アリスのアにタクミのタミだっ! アリスのやつ、土壇場で俺の名前と合体させたっ!!
「あたみ? なんだかほっこりする名前でござるなぁ」
ツッコミたいっ、カルナみたいになんでやねん、ってツッコミたいっ。
「まあ、弱そうな名前でござるが、アタミはなかなか才能があるでござるよ。拙者が鍛えて最強の弟子に育てあげるでござるっ」
「ありがとうございます、師匠」
すでに師匠を遥かに超えているんだけどね。
「……アリス、わかってるよな?」
「……うん、気をつける」
「何をコソコソ話しているでござるかっ! タクみんは拙者の師匠、すなわち、アタミの大師匠にあたるお方でござるっ! 拙者の許可なしに会話するなど、許されないで……」
ギンッ、とアリスがロッカを睨みつける。
巨大な蛇がカエルを飲み込む。
ロッカは、ぶわっ、と全身から大量の汗を吹き出て固まってしまった。
「ま、まあ、少しくらいは大目にみるでござるよ、拙者は優しい師匠でござるからな」
「ありがとうございます、師匠」
さっきから棒読みだよっ、もうちょっと感情こめて、アリスっ。
多くの不安を残しつつ、アリスが弟子になって帰ってきた。




