閑話 「 」
久しぶりにタクミに会えて、ウキウキした気分を無理矢理押さえ込む。
永遠の場所では、修羅のように厳しくなくてはならない。
無限の螺旋階段を一気に駆け抜け、空中庭園に辿り着く。
天蓮華鳳凰堂。
全長百メートルの巨大な王院が蜃気楼の中で揺らいでいた。
「ただいま」
両開きの扉を押し開けると、ぎぎぎっ、と軋んだ音が鳴り響く。開放された空気には、淀んだ黒と熱気の赤が含まれていた。
「どうやらちゃんと書いてるみたいだな」
「……書かないと何されるか、わからないからね」
百八の仏像に囲まれて、その中心に座る人物は、こちらを振り向かない。ただひたすらにノート型パソコンを叩いている。
「もうすぐ第七部が終わるけど、第八部の構想は練れているのか?」
「まだだよっ、だいたい第六部で完結させるはずだったのに、無理矢理第七部を始めたんだっ、そっちのほうでいっぱいいっぱいだよっ! チェックも編集より厳しいしっ、アイデアも尽きかけてるよっ! しばらく休みたいよっ!」
「黙れ、休んだら叩き斬るぞ」
完結したら世界は終わるが、休載の場合はどうなるのだろうか?
再開するまで時間が止まるのか。一度、世界がなくなって再び復活するのか。どうなるかわからないから、やはり休ませるわけにはいかない。
「くそっ、なんで僕が書いた登場人物がやってくるんだっ。妄想かっ!? 僕の頭がおかしくなって幻覚を見ているのかっ!?」
「幻覚かどうか試してみるか?」
カチャっ、とバスターソードの柄を握ると。
「すいません。試しません。書きます。必死に書きます」
うむ、これでしばらくは大丈夫か。
ただ続ければいいだけではない。
需要がなければ、やがて物語は消えていく。
「ああ、そうだ。ほのぼのが続くのはいいが、ラブコメは少し控えてくれ。あまり関与したくないが、譲れない場面が多くなる」
「うん、だからね、前にも言ったけど、僕が書く登場人物、もう勝手に動いているからね。僕が考えてたストーリーとはぜんぜん違うからね。制御不可能なの。書いてるうちに方向性変わってるのっ」
確かにそんな話を聞いたことがあるが。
「それ、ただの思い込みじゃないのか? そんなモノはないと主張する作家さんもたくさんいたぞ」
「君が言うなよっ! 1番勝手にっ! 自由気ままに動いてるくせにっ!!」
あ、そうだった。
ワタシも登場人物ということを忘れていた。
「うん、じゃあ、仕方ないのか。とりあえず頑張って書いてくれ。勝手に動くのならスラスラ書けるだろう」
「勝手に動くけど、動かない時はずっと動かないんだよ。最初の一行がいつも1番出てこないんだ」
頭を抱えてうずくまる作家。
本当にこんなモノがワタシたちの世界を作っているのか疑わしくなるが、実際に出来上がった物語と同じことが起こっている。
やはり世界を継続させるためには、この男に頑張ってもらうしかないのか。
「仕方ない。執筆が進むように、ここは一つ、ワタシが夜食でも作ってやろう」
「え、ええっ!?」
タクミ以外の者に手料理など振る舞いたくないのだが、世界の為なら仕方あるまい。
「ちょっと待てっ、君の料理がひどいのは、『第三部、第一章、八十話、二人きり生活 アリス編』で証明されているっ」
「……あれから密かに料理の特訓したから大丈夫だ」
「嘘だよっ! そんな話、一文字も書いてないよっ!!」
バレたか。さすがに登場人物のエピソードは全部把握している。
「ごちゃごちゃとうるさいヤツだ。それならワタシが料理を作り終わる前に、作品を完成させろ。間に合ったなら食べなくてもいいぞ」
「無茶苦茶言うなよっ! 本当に自由だな、君はっ!!」
文句を言いながらも猛烈な速さで、キーボードをたたきだす。
いいな、この作戦。あと何回か使えそうだ。
「……ここは第八部につなげるためのエピソードを入れてみるか。いや、そうなるとせっかく続いたコメディ展開が崩れるかもしれない。やっぱりコメディの方が人気があるから、このまま引っ張って……」
ぶつぶつと独り言を呟き出したら、集中している証拠だ。この調子ならうまく締切に間に合うだろう。
「あれ? でも待って。これ二百四十一話書いてない? その前に閑話じゃないのか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。もう終わってる」
作家の横にさっきプリントアウトされたばかりの原稿が積まれている。
「貴様っ、これはっ!?」
「……いいアイデアだろ? ちょうど、ここまでの会話が今回のエピソードだ。まあ、賭けではあるけどな」
『閑話 アリスと作家』
その題名は最初ではなく、一番最後に書かれていた。