二百三十六話 記念日
のどかな日常が戻ってきた。
ちょっと前に同じことを言っていた気がするが、今度こそ本当だ。
レイアや西方の魔法王国は、第六魔法であるロッカに関わらないことを誓い、ルシア王国とも平和条約を結んだ。
もう新たな争いは生まれないし、俺が巻き込まれることもない。
間違いなく真の平和が訪れたのだ。
「久しぶりに新作メニューでも作ろうかな」
秋の収穫も終わり、畑仕事も落ち着いた。
冬の備蓄も十分だし、少しくらい贅沢してもバチは当たらないだろう。
「燻製にしなかった肉を使いたいな。余った野菜や果物も添えて、うん、見た目から楽しいやつを作ってみようか」
冒険者時代にルシア王国で食べたことのある宮廷料理。
あれほど豪華な材料はないが、山で獲れた食材だけでそれに近いものを作ってみたい。
「うん、やる気がでてきた。さっそく午後から取り組んでいこう」
嘘のように穏やかで、平和な毎日が続いていた。
「なんで冬に備えて貯めていた食料庫の備蓄がなくなっているんだ!?」
「い、いやぁ、不思議でござるなぁ。も、もしかしたら、獣が侵入して盗み喰いしたでござるかなぁ」
実にわかりやすく動揺しているロッカ。
ジト目で睨むが目を合わせない。
「獣はフォークを使わない。片付け忘れてるぞ、ロッカ」
「えっ!? 拙者、ちゃんと食器棚に戻して証拠隠滅をっ! はっ!!」
ぎぎぎ、とゆっくり首を動かして、ようやく目を合わすロッカ。
「ひ、ひっかけたでござるな、タクみん。卑怯でござるよっ!」
「黙って盗み喰いする人とどっちが卑怯かな?」
「……ご、ごめんなさいでござる」
うん、許さないよ?
冬の備蓄がなかったら、平和な日常どころか、飢え死にしちゃうからね。
「まさか、一日で食べたんじゃないんだろ? 毎日の食事が足りなくて、夜中にこっそり食べてたのか? どうして言ってくれなかったんだ?」
「お、乙女が何回もご飯をおかわりするのは、恥ずかしいでござったよ」
乙女が冬の備蓄を食い尽くすほうが、遥かに恥ずかしいぞ。
「拙者、一日に大量の魔力を消費するみたいで、それをタクみんのご飯で補っていたのでござるよ。決して、よくお腹がすく食いしん坊というわけではないのでござるよ?」
「いや、ロッカの魔力は、この世界とは別の場所から送られてきてるってレイアから聞いてるから。お腹がすくのはロッカ自身が食いしん坊だからだよ」
「よ、よくわかったでござるな。その通りでござるよ」
うん、使いどころも間違っているからね。
「はぁ、仕方ないな。備蓄のほうは村に行って買い足してくるよ。それからご飯は遠慮せず、お腹いっぱいになるまで食べてくれ」
「い、いいのでござるか?」
「大丈夫だよ、昔は大人数で暮らしていたんだ。大量のご飯を作るのは慣れている」
そうだ。あの頃に比べればロッカの食いぶちが増えるくらい、なんてことはないはずだ。
「肉はほとんど全滅だが、野菜はそこそこ残っているな、今日はこれでなんとかするか」
豪華な宮廷料理からさらに遠ざかってしまったが仕方ない。
それでもなんとかするのが一流の料理人だ。料理人じゃないけど。
「うひひ、拙者、タクみんと二人で暮らせて幸せでござるよ」
なんだか嬉しそうにロッカがすり寄ってきたので、同じだけ距離をあける。
「むぅ」
むくれているが、無視しておく。そういう感じの雰囲気にはいつまでたっても慣れはしない。
まあ、ロッカ一人だから、まだマシか。
みんながいた、あの頃を思い出し、よく耐えていたな俺、と自分を褒め称えた。
「わぁ、なんでござるか、これはっ!? 野菜のお花畑でござるかっ!!」
「うん、いろんな野菜を花に見立てて作ってみたんだ。いつもは主役になれない野菜たちもこうやって、色鮮やかにすれば捨てたもんじゃないだろ?」
「す、すごいでござるよっ! 花の形をしているだけではないでござるっ! 野菜一つ一つに違うソースがついているでござるっ! しかも、野菜に合わせて調理方法まで変えているでござるなっ!」
おお、さすがロッカ。
ただの食いしん坊ではないな。
そう、全ての野菜の美味しさを極限にまで引き立たせるため、それぞれ工夫を凝らしているのだ。
人参は軽くお酒をかけて煮込み、芋は油で揚げて胡椒をふりかけてある。玉ねぎは飴色になるまで炒め、キャベツは軽く塩だれに漬け、ブロッコリーは歯応えが残るように茹でている。
そして、野菜本来の味を楽しめるよう、ソースは直接かけず、花の横に葉を描くように皿に添えた。
「拙者、隠れてつまみ喰いしていたのに、どうしてこんな、素敵なご飯を作ってくれたのでござるか」
「ロッカがここに来てから、ちょうど半年だったからな。歓迎のご飯も作ってなかったし、今日が記念日になれば、と思ってたんだ」
照れるので、ロッカの顔を見ないで話した。自分でも少し体温が上昇するのがわかる。
「……拙者が六花だから、六ヶ月記念にお花の料理にしてくれたのでござるか」
あれ?
ロッカもいつもと雰囲気が違う。
いつものように、馬鹿みたいに喜ぶと思っていたのに、しおらしく、上目遣いで見つめてくる。
や、やばいぞ。よくわからないけど、この雰囲気はヤバいっ!
「タクみん、拙者っ」
「ロ、ロッカっ、ちょっと、まっ」
『はいはいはい、そこまでやでっ!』
いきなり、洞窟の外から魔剣カルナが飛んできた。
俺とロッカの顔の間を通り抜けて、後の壁にざむっ、と突き刺さる。
「え、えええええっ!?」
「て、敵襲でござるかっ!?」
「いえ、普通にお邪魔しにきました。タクミさん」
「レ、レイアっ!!」
おそらくカルナをぶん投げたのだろう。
振りかぶったままの姿勢で、レイアが入り口に立っている。
「あ、あれ? レイア様たちは拙者に負けて、潔く身を引いたはずではっ!?」
『なにいうてるん。タッくん、うちらにも一緒にいていいて言うてたやんか。まあ、色々騒動起こしたからな、ちょっと反省してからきたんや』
そのわりには、絶妙のタイミングでやってきたな。
監視されているんじゃないだろうな?
……ちょっと助かったけど。
「何をいうでござるかっ、そんなの社交辞令でござろうっ、ほらっ、タクみんが困ってっ…… どうして、助かったみたいな顔をしているでござるかっ!!」
ごめんね。
ロッカなら大丈夫と思ったけど、やっぱり女の子と二人暮らしは緊張して落ち着かない。
「ああっ! レイア様もなんでござるかっ、その大量の荷物はっ!! どうして、全部拙者の部屋に運んでいるでござるっ!?」
「タクミさんの隣の部屋は元々、私の部屋でしたので。あ、ロッカの荷物は、離れのヌルハちぃハウスに運んでおきましたので、そこに引越して下さい」
「うがああああぁあっ!!」
なんだか、またバトルが始まりそうだが、ほっとこう。
昔みたいで、懐かしいし。
『タっくん、タっくん』
「ん? どうしたカルナ?」
『はよ、壁から抜いて。ほんでぎゅー、て抱きしめて』
「いや無理だよ、抜き身で刃がむき出しだし危ないよ」
平和な日常が終わり、騒々しい毎日が戻ってきた。




