二十六話 タクミと愉快な仲間たち
「家に帰るまでが冒険だ」
ヌルハチがいつもそう言っていたことを思い出す。
実際、魔王の大迷宮からの帰還は、様々なトラブルに見舞われ、到着は大幅に遅れてしまった。
最初は魔剣カルナの異変から始まった。
魔王の本体がいる部屋に入ってから急に喋らなくなったので、外に出てから心配して話しかけると、蚊の鳴くような声が頭に響く。
『……タッくん、うち、もうあかんわ』
「どうしたっ、カルナっ、大丈夫かっ?」
『魔王の部屋、力溢れてたから、ちょっと貰おうとしたら、気持ちわるなってしもた』
魔王の異質な力はカルナですら吸収できず、拒絶反応を起こしてしまったのか。
カルナがそんなことをしたのは、力の残量がかなり減っていたからだろう。旅に出てからは、ずっと力を与えていなかった。
レイアにカルナを渡して、力を吸わせる。
以前なら一瞬で全ての力を吸われていたレイアだが、今ではかなりの時間、耐えることが出来るようになっていた。
「今日はもう休もう。レイアも疲れただろう。出発は明日の朝だ」
「はい、タクミさん」
魔王の大迷宮前の砂漠でキャンプの準備を始めようとする。
だが、それに反対する者が現れた。
「魔剣に力を吸われたくらいで休憩か。まったく、ひ弱なお嬢さんだ」
嫌味たっぷりに勇者エンドがそう言った。
「次からはボクが変わってやろう。勇者の力のほうが魔剣も喜ぶはずだ」
「舐めるなっ! 私はバテてなどいないっ! タクミさん、早く出発しましょうっ!」
睨み合う、エンドとレイア。
「いやいやいや、ちょっと待って。お前、まさか、一緒に来るつもりなの?」
「ああ、大武会まで貴方を監視させてもらう」
魔王タクミとは呼ばれなくなったが、何故かエンドは俺にべったりくっついてくる。
「貴様っ、タクミさんに近づいて何をするつもりだ。まさか、弟子になろうとしてるんじゃないだろうなっ」
「ち、違うっ。ボクは勇者として、魔王の疑いがある者を監視するだけだっ」
「嘘をつけっ、貴様、タクミさんの男気に惚れたのだろう!」
「ほ、ほ、ほ、惚れっ!? ち、違うっ! ぼ、ぼ、ボクは純粋に勇者としてっ」
真っ赤な顔で必死に叫ぶエンド。
「おうち、かえゆ?」
「ああ、もうほっといて、二人で帰ろうか?」
「うん!」
元気よく答えるチハルは、いつものチハルだった。魔王の本体を見つめていた時の大人チハルは、完全に消えていた。
「タクミさんっ、待ってくださいっ」
「待て、タクミっ。ちゃんと責任を取ってもらうぞっ」
責任てなんだよっ。まさか胸に触ったことじゃないだろうな?
『タッくん、帰りもモテモテやなあ』
ちょっと元気になったカルナがからかうようにそう言った。
結局、行きは八日で到着したにもかかわらず、帰りは倍の十六日もかかってしまう。
レイアとエンドはくだらない争いを何度も繰り返し、何度もトラブルが発生した。
どちらがカルナを長く持てるか競争して、二人とも倒れてしまった時は、本気でほっていこうと思った。
「ようやく我が家に到着しましたね、タクミさん」
「今日からここがボクの家か」
うん、違うよ君たち、俺の家だからね。
「むにゃ、おうち、ちゅいたの?」
「ああ、ついたぞ、チハル」
しかし、背中で寝ぼけているチハルの声を聞くと、まあいいか、と思ってしまう。
洞窟に着くなり、無駄に体力を消費したレイアとエンドはチハルと一緒にすぐに眠ってしまう。
カルナを置いて、一人、外に出ると綺麗な満月が洞窟を照らしていた。
大きく息を吐くと、その息が白くなり、冬が近づいていることを実感する。
冬に備えていた食糧は殆どなくなっていた。
今年の冬、越せるだろうか。
月を見上げながら、そんな心配をしていると、洞窟前の大きな岩の影から、何者かが声をかけてきた。
「おかえりなさいませ、タクミ様」
そう言って一礼して現れたのは、出発の時と同じく、またもやゴブリン王ジャスラックだった。
なんだろう、すごく嫌な予感がする。
「皆さん、タクミ様の帰りを、いまか、いまかと待ちわびておりましたよ。さあ、こちらへどうぞ」
まだみんな帰ってなかったのか。
円卓の方へと案内されながら、嫌な予感が止まらない。
「なんだ、これ」
円卓の上には酒や料理が山のように積まれていた。
さらにその横には稲俵や、武器や防具が並んでいる。
その一つに見覚えのある盾を発見する。
間違いない。あれは魔盾キングボムだ。
そして、円卓ではリック、クロエ、ザッハ、ミアキスの他に知らない三人が加わって、酒を飲みながら馬鹿騒ぎをしている。
「なんでこんな宴会みたいになってるんだ?」
「タクミ様が出て行ってすぐ、街の人達が凄い量の貢物を持ってきたのです。せっかくなので皆で騒ごうとザッハさんが言い出して、こうなりました」
せっかくなので皆で騒ぐの意味がわからない。
「おお、帰ったか魔王さん」
骨付き肉を食べながら、狂戦士ザッハが近寄ってくる。
「いやぁ、魔王さん、街の人たちにすごい好かれてるんだな。魔王って奴を誤解してたぜ。こんなにいい魔王なら俺様、こっち側についてやってもいいぜ」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だ。それよりもこいつを貰ってくれないか?」
「おおっ、いいのかっ、こんな立派な盾をっ」
「うむ。よく似合ってるぞ。やはり、大きな盾は大きな男が持つに限る。これは君に相応しい」
「魔王さんっ」
感動しているみたいなので、この魔盾キングボムが自爆することは黙っておこう。
「なんでうちに黙って行ってしまったん?」
そこへ千鳥足のクロエがやって来た。
「レイアやチハルは連れて行って、なんで婚約者のうちを連れて行ってくれへんかったん?」
クロエの目が座っていた。言葉遣いもいつもと違う。あと婚約者と違う。
「いや、レイア達は勝手について来ただけで……」
「そんなん、聞いてへんっ! うちのことどう思ってるか聞いてるんやっ!」
完全に酔っ払いだ。
誰か助けて、と円卓を見ると一人飲んでいるリックと目が合った。
相変わらず、飲み食いしている時も兜を外していない。
「リック……」
だが、助けを求める前にリックは、立ち上がってゴブリン王の所に向かってしまう。
「お、リッ君、勝負再開ですかな?」
「ああ、始めよう、ジャスラッ君」
逃げるようにゴブリン王と将棋を始めるリック。
そういえば、昔、パーティーで俺がサシャに絡まれている時も、リックはいつのまにかいなくなっていた。
「タッくん、ちゃんと聞いてるんっ!?」
酔っ払ったクロエは、カルナと話し方が似ていてちょっと怖い。
なんとかクロエをなだめながら、俺は必死に対応した。
「あ、魔王様、おかえりなさいにゃ」
酔い潰れたクロエを介抱した後、最後に来たのは、獣人王ミアキスだった。
「四天王のみんなを連れてきたにゃ。紹介するにゃ」
初顔三人の正体が判明する。
全身骸骨の不死王ドグマ。
鋭い牙と蝙蝠のような翼を持つ吸血王カミラ。
暗闇で覆われた闇王アザトース。
うん、超怖い。怖過ぎる。
猫耳のミアキスが可愛く見える。
「ま、また今度にしよう。今日は帰って来たばかりで疲れているからな」
「それは残念にゃ」
がっかりするミアキスの背後で、三人がこちらを見て話している。
「あれが今の魔王様の器か。どう思う、カミラ?」
「うん、結構、いい男だと思うわ。ちょっとタイプよ」
「そんなこと聞いてねぇ。本物かどうか鑑定しろって言ってんだよっ」
「無理よ、ドグマ。完全に力を遮断している。これ程まで見事なものはいままでに見たことないわ」
いや、まったく遮断してないよ。むしろいつも全開フルパワーだよ。
「……真実というものは存在しない。存在するのは解釈だけだ」
もう一人の四天王、アザトースは意味深な独り言を呟いているようだが、なんのことだかさっぱりわからない。
みんな結構仲良くやっていた。
面倒なこともあるが、こんな風に仲間に囲まれて暮らす毎日も意外と悪くはないと思ってしまう。
だが、それも大武会までだろう。
大武会で俺は、すべてを話す。
今、魔王が誰の器の中にいるのか。
俺がはっきりと確信している事に、まだ誰一人気づいてはいなかった。