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二百三十四話 器の跡地

 

「ロ、ロッカが消え……」


 レイアとカルナを圧倒し、馬乗りになっていたロッカが透明になっている。

 一瞬、こっちを見たような気がしたが、すぐにレイアのほうに向き直り、再び拳をふるう。

 当然のように、その拳は、スカッ、と何も影響を与えずにすりぬけていく。

 それでもロッカは、もうそれしか出来ないように、ただただ何度もレイアに向かって拳を叩きつけた。


「……や、やめ」

「とめないであげて」


 いつのまにか、背後にリンが立っていた。

 戻ってきた気配はない。

 まるで、最初からずっと後にいたように、そこにいる。


「もう記憶も薄れているわ。最後までやらせてあげて」

「最後? ロッカがっ!? なんでだよっ!?」

「第六魔法だからよ。魔力の配給がなくなったら消えるしかないわ」


 そ、そうだ。

 あまりにも人間っぽいから忘れていた。

 ロッカ自身が、第六魔法、六花だったんだ。


「魔力は、ロッカが自分で生み出してるんじゃないのか?」

「ちがうわ。第六魔法を発動させたのはサシャ。絶大な魔力を持ち、ルシア王国で暴れ回ってた頃の、厄介でわがままな若き王女よ」


 ああ、確かに若返ったサシャからは、大賢者ヌルハチをも超える魔力を感じていた。


「でも、あのサシャなら、ほぼ無限に魔力は保たれるはずだろっ」

「もうサシャは若くないわ。レイアによってカットされていた年齢が戻ってきた。今はただの僧侶に戻り、第六魔法によって魔力を吸い尽くされ、ミイラのように干からびてる」

「なんでサシャが…… あっ」


 やり直しの魔法。

 ロッカはレイアが今までカットしてきたシーン全部を元に戻したのか。

 だから、リンはここに帰ってきたし、サシャは人生をカットされていた分歳をとってしまった。


「そう、皮肉にもロッカ自身が、自らの配給元であるサシャの魔力を絶ってしまった。もう残された時間はわずかしかないわ」

「そ、そんな」


 スカスカと何度もレイアを殴るロッカから、もうほとんど意識は感じられない。

 それがわかっているからか。

 レイアも馬乗りにされたまま、目を閉じて、なすがままになっている。


「ど、どうにもならないのか? 消えても、もう一度、第六魔法を発動させるとか」

「無理よ。そもそもなんで魔法が人型で、意志を持って生まれたかもわからない。今、タクにできることは、一言、最後の言葉をかけてあげるくらいしかないわ」


 や、やめてくれっ!

 ロッカが消える実感がまるでわかない。

 どんな時も、いつも笑っていたロッカを、俺はいつのまにか、無敵みたいに思っていたんだ。


「ロッカっ!!」


 最後の言葉なんて思いつかない。

 いや、最後なんて思いたくない。

 ただ、名前を叫んで、それ以上は何も出てこない。


 まるで壊れたおもちゃみたいに、当たらないパンチを繰り返していたロッカの動きがピタリと止まった。


 ゆっくりとした動作で、首が動き、俺と目が合う。

 そこには、もういつものロッカは存在しなかった。

 幽鬼のような、光のない、真っ暗な瞳が俺を覗く。


 ようやくロッカが消えてしまうことを実感する。


「なにか言ってあげて、もう時間がない」


 なにを? 消えるロッカになんていうんだ?

 さよなら? バイバイ? 楽しかったよ? ありがとう?


 ちがう。ロッカはたぶん、そんな言葉は望んでない。


 アリスが永遠の場所に向かった時も言わなかった。

 いつかひょっこり帰ってくると、勝手に思って、軽い気持ちで見送った。

 あの時、この言葉を言っていたら、何かが変わっていたのだろうか。


「ロッカ」


 絞り出す。

 肺の奥から。心の奥から。

 あの時、出せなかった言葉を。


「行かないでくれ」


 虚ろで真っ暗だったロッカの瞳が見開いた。

 枯れて散っていた、背中の花びらが、かすかに光を取り戻す。


 その言葉は、深く深くどこまでも広がる、かつて聖杯だった器の跡地。その奥底に、ずっと眠っていた言葉だった。




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