二百三十三話 ロッカでござる
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すべてを拒絶するかのような、太く黒い線が邪龍カルナを宿した刀から放たれる。
自らの想いを断ち切った斬撃は、深く根強く、世界に刻み込まれていく。
「まるで子供でござるな。上手く描けなかったお絵描きを、塗り潰しているみたいでござるよ」
やり直しの画用紙は、もう用意されていない。
癇癪をおこして泣く子のように、ただひたすらに真っ黒なクレヨンを振りまわす。
「そんなレイア様、見たくないでござるよ」
黒い線に両手を広げ、真正面から受け止めた。
背中にある六枚の花びらが、一際大きく、カッ、と開花する。
「うおりゃあぁっ!!」
力任せに黒線を掴み、そのまま振り回してぶん投げる。
まさか、自分の放った黒線が帰ってくるとは思わなかったのか。
レイア様が目を見開き、戻ってきた黒線をまともに喰らう。
「がっ、なんだ、それはっ!?」
真っ白だった着物が黒ずみ、紅い牡丹の花も黒く染まった。
「なんでお前は、そんなにめちゃくちゃなんだっ!?」
「しらんでござるよ」
第六魔法だとか、タクミ領域だとか、カットだとか、やり直しだとか……
「細かいことなんて、拙者にはちんぷんかんぷんでござる」
黒い衝動に染まりそうになっても大丈夫。
暖かいものが、ずっと心の底から湧き出てくる。
「拙者はただ、タクみんの隣で笑っていたいでごさるよ」
「ぱっ、と出てきた小娘が……」
黒い線が刀だけではなく、レイア様の足元からも蛇のように群れをなして、にじり出ていた。
「私のタクミさんを、軽々しく語るなっ!!」
大量の黒線と共に、自らも一本の分厚い黒線となり、レイア様が襲いかかる。
「好きな人のことを話すのに、誰かの許可なんていらないでござるよっ!!」
逃げない。
絶対に一歩でも引くものかっ。
すばすば、と無数の黒線が身体中に突き刺さる中、一番大きな黒線に向かって、ただ真っ直ぐに突っ込んでいく。
拳が黒線の先端に触れた瞬間に光を放つ。
熱い想いが、黒い衝動をぶっ壊そうとした時だった。
『あまいで、うちもおるんや』
脳に直接響く声。
一本だった黒線が二本に分かれてハサミのように広がり、左右から、ジャキンっ、と挟んで切断された。
『邪竜暗黒』「黒閃斬」
肘から先の、拳を握ったままの右腕がクルクルと宙を舞う。
「ロッカっ!!」
タクみんの叫び声が聞こえたが、心配いらないと返す余裕がない。
「まっけっるっかぁーーっ!!」
ぶった斬られた右腕を空中で掴んで、全力で放り投げる。
分かれた黒線の、ど真ん中にぶち当たり、二つの線が絡み合うように地面に落ちた。
「ほんとにっ」
『めちゃくちゃやんかっ!』
人と刀。
線から戻った二つの上に、なだれ込むように頭から飛び込む。
「泣いて反省するまでっ、ぶん殴るでござるよっ!!」
「ふざっ」『けるなやっ!』
こうなったらもう、黒線とか関係ないでござる。
ただ全力でっ! 残った左拳にすべてをっ!!
がんっ、と振り下ろした左拳は、レイア様の横顔をかすめて、地面に激突する。手がじーーん、と痺れてすっごく痛い。
「よけるのは卑怯でござるっ!」
「黙れっ」『クソガキっ』
逆に下からレイア様の拳とカルナの刀が飛んできて、まともに喰らう。
「いったぁっ、でござるっ!!」
それでも歯を食い縛り、覆い被さったままの身体を残す。
拙者に勝ち目があるのは、このマウントポジションでの攻防だけでござる。
だん、だん、だん、とハンマーを叩きつけるように、連続して左拳を叩き込むが、寸前でレイア様は首を振ってかわしていく。
カットしている? いや、ただ単に攻撃を見切られているでござるかっ!?
「そんな単調な攻撃当たらな…… 花?」
「……花、でござるな」
一瞬、攻撃の手を休めてしまう。
なんでござるか? これは?
拙者が叩いた地面のひび割れから、小さな白い花が生まれて、咲き乱れているでござるよ?
『あかんっ! この花っ、第六魔法やっ!!』
「へ?」
拙者、無意識のうちに何かやっていたでござるか?
怖い、拙者の自分の才能が恐ろしいでござるよっ!
「無意識だっ、ロッカ自身が制御しきれていないっ、かまわず押し込むっ!」
『しらんでっ、どうなってもっ!』
白い花びらが宙を舞い、黒の世界を優しく包み込んでいく。
レイア様とカルナの攻撃は届かない。
いや、届かないというより、拙者の身体に当たる寸前で、逆再生をかけたみたいに、攻撃を繰り出す前に戻っていく。
「あ、千切れた腕も、治ってるでござるよ」
放り投げた後、どっかに行っていた右腕が、いつのまにか元通りになっているでござる。おかえりでござるよ。
「ふ、ふざけるなっ、こんなデタラメがっ!!」
「これが第六魔法、六花でござる!!」
トドメの一撃を振りかぶる。
これで物語はハッピーエンドを……
スカッ、と完璧だったはずの、その一撃はレイア様の顔面をすり抜けた。
「あ、あれ?」
戻ったはずの右腕が透明になって、消えかけている。
いや右腕だけじゃない、拙者の身体全体が、薄くなっているでござるよっ!?
『……魔力が、空っぽになったんや』
一つたりとも忘れたくない大切な記憶が、拙者の中からこぼれていく。
それらはまるで花びらのように、ひらひらと地面に舞い散った。