閑話 アリスとレイア
今回の閑話は少し前の「二百二十七話 紅と黄金色の狂息」と併せて読んで頂くとわかりやすくなると思います。
「バカなどうしてっ!?」
あり得ない。
もう二度と会うことはないと思っていた。
「あなたはっ、この世界から消えたはずだっ!!」
だから、私はあなたのかわりにっ……
「久しぶりだな、レイア。元気だったか?」
あの時と全く変らない。
長い金髪と澄んだ青い瞳は、向こうの世界に行った時と同じ美しい姿形。
石造りの魔王の大迷宮で、かつての人類最強が私に微笑みかける。
「あなたがっ……」
続く言葉を自らカットする。
アリス様と会話をして、どうしようというのか。
いまさら帰って来られても、もはやただの邪魔者にすぎない。
ここにはもうあなたの居場所などないのだ。
「超宇宙薄皮芋剥千極剣」
芋の皮を剥くが如く、神速の斬撃が宙を舞う。
たとえアリス様といえど、そのすべてをかわすことは不可能……
「ん? 稽古か?」
普通に。無防備に。無造作に。
逆に斬撃のほうが避けているように、スタスタと私に近づいてくる。
「速さにこだわりすぎて、雑になってるぞ。タクミの包丁捌きはもっと正確で美しい」
「くっ!!」
あり得ないっ!
見えているのかっ!?
すべての斬撃がっ!!
「だいぶ強くなったようだが、まだまだ甘いな。ここはこうして……」
「カ、カットっ!!」
拳を構えそうになったアリス様のシーンをカットする。
攻撃姿勢にさえ入らさなければ、ずっとこちらが攻撃を……
「こら」
ぽかんっ、と頭を叩かれた。
なにが起こったかわからずに、ちょっと涙目で頭を押さえる。
「せっかく教えてやろうというのに、シーンを飛ばそうとするな」
「な、なぜ? どうしてカットが通じないっ!?」
「向こうの世界からこっちを見て、場面展開を飛ばせないよう、楔を打ち込んだ」
楔?
消せない因果か?
そんなもの、いつのまに打ち込んだ?
「世界にはカットできないものがあるんだよ、レイア。その能力にあまり頼るな。そんなのなくてもお前はもっと強くなれるよ」
「う、うるさいっ」
勝手にいなくなったくせにっ!
タクミさんを置いてっ! 私を置いてっ!
何もかも捨てて、この世界から消えたくせにっ!!
「大切断っ!!」
全部だっ! 何もかも吹っ飛ばすっ!!
アリス様と出会ったことっ!
これからのタクミさんとの再会もっ!
大事なものなんて、過去にも現在にも未来にも何一つ残っていないっ!!
私は全部すっ飛ばしてっ! もう一度最初からタクミさんとやり直すんだっ!!
「そこまで場面をカットしたら進行は無茶苦茶だ。物語として成立しない」
「そんなの、私の知ったことかっ!!」
私の重要な場面はこれまで何度もカットされてきた。それでも世界は何事も無かったように動いている。
「この世界にカットできないものなんて存在しないっ!!」
「本当にそうか?」
ゼロ距離。
身体と身体がピタリとくっつくまでに、アリス様が近づいて、耳元で囁く。
ただ少し、歩く速度を早めただけで、大切断に割り込めるのかっ!?
「タクミへの想いはなかったことにできないだろう?」
「そんなことはないっ! 全部消えてもっ! もう一度っ! 最初からっ!」
どんっ、とみぞおちにアリス様の拳が食い込んだ。
手加減されているのがわかる。
たぶん、軽く撫でたようなものなんだろう。
それでも息が止まり、中にあるものが全部、吐き出された。
「無理なんだ。ワタシもそうだったから」
地面に這いつくばり、アリス様を見上げる。
大切断は中断され、すべての攻撃は軽くあしらわれた。
人類最強になったつもりだった。
かつてのアリス様に追いついたと自負していた。
しかし、帰ってきたアリス様は、私が成長した速度が鈍足に思えるほどに、すべてを凌駕して引き離していた。
「……嫌だ」
それでも引くわけにはいかない。
タクミさんが誰も選ばない結末なんて。
私が隣にいない未来なんて。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁあぁっ!!」
もはや技もなにも関係ない。
子供が駄々をこねるように両手をぶん回して、泣きながらアリス様をポカポカと叩きまくる。
「お前はワタシにそっくりだな、レイア」
抵抗せずに殴られるまま、アリス様は私の頭をそっと撫でた。
「わかった、じゃあ好きにしてみろ」
「え?」
「もう行かなくちゃいけない。ほっといたら、アイツら、また次のラスボスを作り出すからな」
なに? なんの話なの? 何を言っているのか全然わからない。
ただ一つわかっているのは、アリス様は今もタクミさんを、強く想い続けているということだけだ。
「いいの!? 私がタクミさんの全部を貰ってもっ!!」
アリス様は答えない。
そのまま背を向けて、魔王の大迷宮から立ち去ろうとする。
「アリスっ!!」
師匠ではない。恋敵として、その名を叫ぶ。
「レイアが今回のラスボスでよかった。きっとまたハッピーエンドだ」
ふざけるなっ! そんなの認めないっ!
私はちゃんと、あなたを倒して、タクミさんの隣にっ!
「う、うわぁああぁぁあぁっーーーー!!!」
追いかけることもできずに子供のように泣き叫ぶ。
涙でぐちゃぐちゃになりながら、着物の中から千里眼の水晶を取り出した。
タクミさん、タクミさん、タクミさん、タクミさんっ!!
水晶の中で、サシャとタクミさんが対峙している。
計画通りなら、私の出番はまだまだ先だ。
けれども、もう我慢できない。
今すぐ、タクミさんに会わなければ、私は壊れてしまうっ!!
「……カット」
シーンが飛んで、魔王の大迷宮から、西方ウエストランドに移動する。
「カット、カット、カット、カット、カット、……カット」
瓦礫に埋もれた灰色の地下室で、ようやくタクミさんの側にたどり着く。
「タクミさん」
景色は黄金色に変わり、風が吹き、稲穂が揺れる。
「最初から全部、やり直しましょう」
アキベニと呼ばれる紅トンボウが集まってきた。
黄金色の稲穂が赤に染まる。
『タクミさんっ、なんだか身体が軽いですっ。私、多分、すごく強くなってますっ』
もう誰にもタクミさんを渡さない。
紅と黄金色の中で、かつての私をカットした。




