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三話 なんかまた誰かやって来た


「どうですか、タクミさんっ」


 レイアがはじめて皮を剥いた芋は、ビー玉くらいのカケラになっていた。

 洞窟の床に散らばっている皮のほうがまだ実が付いている。


「全然ダメだ。スピードも遅いし、力が入り過ぎている」


 手本として芋の皮をナイフで素早く剥いていく。


「おおおぉ、さすがタクミさん」


 皮を千切ちぎらずに最後まで剥き終わると、レイアから感嘆の声が上がった。


「すごいです。まさに神業。その芋は皮を剥かれたことさえ気付いていないでしょう」


 なんだ、その褒め言葉は。

 まあ、芋は十年間毎日剥いている。これだけなら、下手な料理人には負けない自信がある。


「まあゆっくりでいい。その芋が綺麗に剥けるようになったら次の段階に移ろう」

「はいっ、タクミさん」


 元気よく答えるレイア。

 しまった。次の段階とか言わずにこれができたら卒業と言えばよかったか。

 いや、あまりに適当だとまた腹を切るとかいうかもしれない。落とし所が難しい。


「今夜はラビの鍋にしようと思うが、苦手なものはないか?」

「はい、好き嫌いはありません」


 必死に芋と格闘しながらレイアはうなづく。

 二個目も、無残なくらい小さくなっている。


「そういえばタクミさん、ここにある肉はラビやリースなどの小動物しかありませんが、ボアやベーアなどの大きな獲物は狩猟しないのですか?」


 俺の実力では、ボアやベーアを狩るのは難しい、とは言えない。


「レイア、大きな獲物を狩ったとして、それを全部、食べることができるか?」

「はっ」


 何かに気づいたような顔をするレイア。


「無駄な殺生は行わない。生命を奪うということは、その全てを自らの血肉とし、共に生きていく。そういうことなのですね」

「よくわかったな。その通りだ」


 まあ、本当は大きい獲物に挑んだら、俺が血肉になってしまうからなのだが、納得してくれたので黙っておこう。

 焚き火に火をつけて、大きな鍋をその上に置く。

 まずは野菜を入れ、それから豪快にブツ切りにしたラビの肉をぶち込んでいく。


「さすが宇宙最強のタクミさんです」

「あー、レイア、その宇宙最強とかいうのはアリスが広めたのか? 俺は普通の人間だぞ」

「またまた、相変わらずのご謙遜を」


 いやいや謙遜してないよ。

 まごうこと無き事実だよ。


「アリス様から聞いております。タクミさんの父は世界を創造した全知全能たる神、母は自然界を守る大精霊であられると」


 俺の父は普通に宿屋の親父だし、母はそこの女将だよ。

 アリスの奴、本当に滅茶苦茶言ってるなあ。アイツは俺をどうしたいんだろう。

 レイアに真実を告げたいが、あまりにも嬉しそうに俺のことを話すので、そのまま黙ってしまった。

 これ、全部嘘だとわかったら、俺、斬られるんじゃないかなぁ。粉々になった芋の残骸を見て背筋が凍る。

やはり、勘違いを訂正しておけばよかったが、もう引き返せない。

 ぐつぐつと煮えてきた鍋を見ながら、早く平和な日常を取り戻したい、そう心から願う。だが、その願いを嘲笑うかのように、それはいきなりやって来た。


「タクミさんっ!」


 短剣で芋を剥いていたレイアがいきなり背中に背負っていたカタナを抜いた。ぶわっ、と目に見えるなオーラがレイアから溢れ出る。これまでと強さの桁がまったく違うのが俺でもわかる。レイアはあれでも今まで必死に自分の強さを隠していたようだ。

 ここに来てから、一度も見せてない鬼のような形相で俺を睨む。

 不思議と恐怖はなかった。

 何故だかわからないが、俺がただの雑魚だというのがバレたようだ。どう足掻いても勝ち目がない。

 全てを諦めたように、俺は静かに目を閉じた。


「……さすが、タクミさん、です。このような殺気が近づいてきているのに、まるで、動じないっ」


 ん? 何を言っているのだろうか。

 目をそっと開ける。

 レイアの視線は俺を飛び越え、その先、洞窟の入口を睨んでいた。

 そーー、と後ろを振り返る。

 なんかいた。

 そこに立っていたのは色の黒い女だった。鋭い目が赤く光っている。

 ショートボブの髪は真っ白で、背は自分と同じくらい。年は二〇歳ぐらいに見える。一見、ただの人間のように見えたが、明らかにおかしな箇所がいくつかあった。頭にモウのような黒い角が左右対象に生えており、背中に巨大な黒い翼があった。さらに異様に大きな手には鋭く尖った爪が伸びている。胸には水着のような布地をつけているが、かなり立派なものをお持ちで、今にもはち切れそうだった。


「何者ですか? 人、ではありませんね」


 俺の頭ごしにレイアが女に話しかける。


「当たり前だ。我がそんな下等種族と同じに見えるか?」


 女からレイアと同じような強烈なオーラが溢れ出る。間に挟まれた俺は立ち上がることもできない。何故なら、少しちびってしまっているからだ。


「我は黒龍ブラックドラゴンの王の娘、クロエ。古代龍エンシェントドラゴンを倒したという人間に会いに来た。お主がタクミかっ」


 聞いたことがある。ドラゴンの中でも一番凶暴で力があるブラックドラゴン。その王の娘なら相当やばい奴だ。どうやらレイアを俺と勘違いしているようだ。

 そりゃそうだろう。会っただけで、ちびっている俺がエンシェントドラゴンを倒したと思うはずがない。

 俺は心の中で祈る。

 レイア様、どうか、そうだ、と答えてください。


「私のわけがないだろう。私の力などタクミさんに比べれば塵芥ちりあくたのようなものだ」


 祈りは通じなかった。


「ほう、それは実に楽しみだ」


 クロエが凶悪な笑みを浮かべる。あまりにも怖くて目を背ける。煮立っている鍋を見ながら、灰汁あくをとることにした。

 もう知らん。どうせ、俺には何もできん。


「で、そのタクミはどこにいるのだ」

「わからんのか? 目の前に座っておられるではないか」

「へ?」


 意外にも可愛い声を出すクロエ。

 俺を見た後、視線を逸らし、キョロキョロと辺りを見回す。俺とレイア以外に誰もいないことを確認してから、再び俺のほうを見て指を指す。


「え、コレが?」


 クロエがポカンと口を開けて呆然と立ち尽くす。

 俺は構わずに必死に鍋の灰汁を取る。それだけに全神経を集中させた。

 せめて、最後の晩餐を食べさせて欲しい。

 そう思って、俺はひたすら頑張っていた。


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