二百二十七話 紅と黄金色の狂息
「久し振りね、タクミ。会いたかったわ」
十五年前に出会った時のように若返っているが、間違いなく本物のサシャだ。
それなのに、その雰囲気は偽物だったリンよりも、本物とかけ離れている。
「六老導たちを若返らせたのは君なのか? どうして……」
「どうして? どうしてなのか、わからない?」
逆に質問されるが答えられない。
すべては終わったはずだった。
みんなが納得する大円団。
これ以上ないくらいに、俺たちの物語は綺麗に幕を閉じたはずだ。
「……わからないよ、サシャ。ルシア王国の王女として君は誰よりも平和な世界を望んでいただろう?」
「そうね、ルシア王国の王女としては、そうだった。でも今は違う」
「西方マジックキングダムの王だから?」
大賢者ヌルハチすら超える、あり得ないほどの魔力を持ち、六老導を従え、王となったのはいつからなのか。
『彼女』との件が終わって、アリスがいなくなった後なのは間違いない。
「それも違うわ。王なんて飾りに過ぎない。どうでもいいし、いつでも捨てられる。私が気に入らなかったのはエンディング。タクミ、あなたが誰も選ばずにまた一人で山に引き篭もることを選んだからよ」
「へ?」
いやいやいや、それはリンも言ってたけど、そんな事でこんな大事体を引き起こしたのか?
いいじゃない。俺が引き篭もっても誰にも迷惑かけないじゃない。
「自分が引き篭もっても誰にも迷惑かけないとか思ってるでしょ?」
「お、おう、よくわかったな、その通りだ」
え? 心読まれてる? そういう魔法使ってる?
「タクミは色々わかっているようで何もわかってないのよ。その選択肢は最悪だった。私だけじゃない。そこで眠ってる魔剣カルナも、大賢者ヌルハチも、黒龍の王クロエも、……そして人類最強レイアも、みんな、幸せにはなれない選択肢だったわ」
「ええっ! そうなのっ!? みんな幸せになれなかったのっ!?」
思わず、後ろにいるリンの方を向いてしまう。
否定してほしかった。
否定してほしかったのに、リンは残念そうな顔で、目を閉じながら、ゆっくりと頷いてしまう。
「じゃあ、俺はどうすればよかったのっ!?」
「いなくなったアリスのかわりに誰かを選ぶか、どこまでもアリスを追いかけないといけなかったの」
え? ほんとに?
再びリンのほうを振り向くと、うんうん、と力強く頷いている。
ど、どうやらほんとみたい。
「タクミが誰も選ばなかったことで、みんなが亡霊みたいに彷徨うことになった。あきらめきれず、タクミ以外の誰かと結ばれることもなく、ただただ時間が過ぎていった。そして、私はいきおくれ王女と呼ばれるようになったっ!」
そ、それは俺のせいじゃないよね?
おそるおそるリンの方を、もう一度覗き見ると、うーん?と首をななめにかたむけている。
よ、よかった。それは俺のせいじゃないよね。
「ま、まあ、俺が悪かったとしても、こんな禁魔法とか持ち出して、国をあげての大騒ぎにしなくてもよかったんじゃないか? 直接言ってくれれば、俺だって色々と……」
「直接言っても、わからないじゃないっ!! 全部、見逃してきたくせにっ!!」
サシャが叫ぶと同時に、瓦礫に埋もれた地下室が大きく振動する。魔法じゃない。ただ、サシャの中にある魔力が、怒りの感情に連動しただけで、大地崩壊くらい地面が揺れている。
いったいどれほどの魔力を要しているのか、想像もつかない。
「タクミと初めて会った頃より若返ってるわ。かなり厄介でわがままな子供よ、気をつけて」
「な、なんでだよ、リン。サシャは俺たちのパーティーでも一番の常識人で、こんなことする子じゃなかったんだっ! それにサシャは普通の僧侶だったっ、こんな異常な魔力をどうやって!?」
「タクミと出会う前のサシャは、ただの大人しい僧侶なんかじゃなかったわ。絶大な魔力を持ち、ルシア王国で暴れ回ってたところを大賢者ヌルハチに力を封印され、修道院に閉じ込められたのよ」※1
そ、そういえば、ルシア王国の女王が昔サシャはお転婆だったと言っていたが、……お転婆どころじゃないじゃないかっ!!
「じゃ、じゃあ、今のサシャがほんとのサシャってことっ!? でもそれだったら、どうして封印が解かれて元に戻っちゃったのっ!?」
「それはわからない。でも、サシャ自身も覚えていなかった封印を自力で解けるとは思えない。別の誰かが……」
「……カットでござるよ」
ずっと黙っていたロッカが、ぼそっ、とつぶやく。
「カット? それってレイアの?」
「そうでござる。師匠の技をずっと見てきたからわかるでござるよ。この人、途中の人生、根こそぎカットされてるでござるよ」
え? ちょっと待って。それってつまり、今回の騒動、真の黒幕は……
「カット」
懐かしい声がして振り向くと、周りの景色が目で追えないほど高速で流れていく。
本来あったはずのいくつもの重要なシーンが、すべて吹っ飛ばされ、リンやロッカ、倒れた六老導、さらにサシャまでもいなくなる。
「タクミさん」
瓦礫に埋もれた灰色の地下室から、黄金色に景色が変わった。
秋が深まり水を落とした田圃には、頭を垂れた稲穂が並んでいる。※2
そこに風が吹き、稲穂が揺れる。
穂波だ。
田圃の上を風が渡り、揺れる稲穂が作る波はまるで黄金の波のように見える。
「最初から全部、やり直しましょう」
アキベニと呼ばれる紅トンボウが集まってきた。
黄金色の稲穂が赤に染まる。
「……レイア」
出会った頃と同じように、紅と黄金の中心でくるくるとレイアが踊る。
その姿は、幻想的で美しい狂気に満ちていた。
※1 サシャが修道院に入っていたエピソードは、第二部序章「四十話 ヌ・ルシア・ハシュタル・チルト」をご覧になって下さい。
※2 レイアとタクミが初めて田圃に行くエピソードは、第一部一章「十話 紅と黄金色の休息」をご覧になって下さい。