二百二十六話 だぶる
「ごめん、タク。いままで騙してて」
崩れたサシャのマスクを脱ぎ捨て、リンがこちらを見ずに謝った。視線は俺には見えない六老導に向けている。
うん、大丈夫。
俺のことをタクって呼んだ時に確信したし、だいぶ前からなんとなく気づいてたし。
リンのことだからきっと、俺の為にしてくれたことはわかっている。でも、一つだけ。
「……本物のサシャは、このことを?」
「知ってるわ。でも味方じゃない。あの人は向こう側にまわってしまった」
やっぱりそうなのか。
六老導が様付けをしているから、怪しいとは思っていたが……
「でもタクの敵じゃない。望んでたエンディングとは違ったから、納得してないだけ。たがらやり直すことを選んだの」
やり直しの第六魔法。
やはり、すべての鍵はロッカが握っているのか。
「こいつらを片付けたら、すべてを話すわ。少しだけ待ってて」
「ほう」「我らを」「そのような」「片手間の」「ように」
見えなくても、ドス黒い殺気が五方から広がっているのが感じ取れた。
「「「「「舐めるなよっ! リンデン・リンドバーグっ!!」」」」」
五つの声が重なり、それぞれの呪文が詠唱される。
「大地崩壊っ!!」
「石海っ!!」
「世界加速っ!!」
「忘却乃庭っ!!」
「六道輪廻っ!!」
うん、なんだか微妙に劣化版禁魔法になってるよね。
それでも大地が揺れ、石礫が降り注ぎ、その全てが加速して、1秒前の出来事を忘れ、あたりが紅蓮の炎に包まれる。
いくらリンに魔法が効かなくても、大丈夫なのかっ!?
少なくとも俺は超怖いっすよっ!!
「無駄よ、どんな魔法も通じない。たとえそれが禁魔法でも」
「そんなことは」「わかっておるわ」「だが魔法の」「渦の中心で」「五つの攻撃をかわせるかっ」
ぼっ、といままで見えなかった5人の姿が突然、目の前に現れた。
全身を黒いローブで包んだ5つの影は、様々な魔法にまぎれて、リンを囲むように肉弾戦で襲いかかる。
「なりふり、かまわなさすぎでしょっ!!」
自らの魔法に当たることも構わず、突撃してくる六老導。
リンはそれを避けようともせず、堂々と拳を構えて、5人を待ち構える。
ダメだっ! たとえ、倒せてもリンが大怪我をしてしまうっ!!
「リンっ!!」
「バカっ! なんで前にっ!!」
「あ」
気がついた時には遅かった。
リンを庇うように前に出たとたん、全ての魔法と、六老導の突撃が、俺に襲いかかる。
やばい、これ、死んだかも。
と、思った瞬間、どごんっ、と天井が砕け散り。
「うおおおぉおおおっ、タクみぃぃぃんっ!! 今、来たでござるよオォオオオっ!!」
全然違う。ドタバタとして、まったく似ても似つかない。
それなのに、かつて見た、あの光景を思い出す。
長い金髪が風に揺れる。
とん、と空中でその足が四神柱による結界に触れる。
まるで、ガラス細工のようにパリンっ、と音を立て、結界は粉々に砕け散った。
四神柱の結界がまるで雪の結晶のようにパラパラと俺達に降り注ぐ。
幻想的な光景の中、そこに舞い降りた人物はまるで天使のように見え、俺はその姿に目を奪われていた。
長い金髪は乱れ、輝きを失っている。
ごんっ、と拳で強引に天井の壁を叩き壊す。
降り注ぐのはただの瓦礫で、雪の結晶とは程遠い。
舞い降りるどころか、勢いそのままに吹っ飛ぶように落ちてくる姿は、幻想感などまるでない。
それでも、それでもロッカの姿があの時のアリスとなぜか、ぴたりと重なった。
「第」「六」「魔法」「か」「っ!!」
「どっけえぇぇぇっーーー!!」
どがんっ、と爆弾が落ちてきたみたいに着地したロッカが、魔法ごと六老導を吹っ飛ばす。
「こやつ」「勢いだけで」「……」「魔法を」「かき消したのか!?」
五つの言葉が繋がらない。
3番目の六老導サンポが、今の衝撃で気を失っている。
「もう一度」「姿を消すぞっ」「こやつにはっ」「魔法が効くっ」
「遅いわ、ゴカン」
一瞬の隙をリンがつく。
おそらく姿を消す魔法を使うはずだったゴカンの顔面を、正拳突きで撃ち抜いた。
「おのれっ」「こうなればっ」「最後の手段をっ」
「遅いでござるよ」
最後の手段がなんだったかもわからない。
ロッカのバスターソードの一振りで、2人の六老導がぶっ飛んで壁に叩きつけられた。
「……ニシン、ムロマチ」
五つだった言葉がもう一つしかない。
「あなたで最後よ、ヨロズ」
1人になり、観念したのか。
ヨロズと呼ばれた六老導が、ふっ、と力のない笑みを浮かべる。
「第四禁魔法の後継者、リンデン・リンドバーグ。本来ならお前が、我らの王となっていたものを……」
「悪いけど興味ないわ。魔法なんかに頼らなくても大事なものは守れるのよ、師匠」
どんっ、と容赦のない腹パンを、かつての師匠に喰らわせるリン。
これで、六老導全てが片付いたわけだが……
「タクみぃいいいんっ、拙者、寂しかったでござるよっ! 追いかけようとしたら、チョビ髭に東方に飛ばされてっ、神降ろしを覚えて、西方まで全速力で走ってきたでござるっ!! めっちゃ頑張ったでござるよっ!!」
「ちょっ、ロッカっ! わかったから、ちょっとまてっ!! 抱きつくんじゃないっ!! は、はなれろっ!!」
「はいはい、ちょっとまって。まだ終わってないから」
リンが少しキレ気味に、俺とロッカを引き離す。
「何をいうでござるかっ、もう敵などいないでござる、よ?」
コツン、コツン、と小さな足音が近づいてくる。
そちらに目線を向けたまま、リンもロッカも動かない。
「まったく役に立たないお年寄りたちね。せっかく若返らせてあげたのに」
溢れんばかりの魔力の渦が床の六芒星を照らし上げる。
「やっぱり、君が彼らの……」
光が瓦礫にまみれた地下室を白く染めていた。
だが、そこに立つ彼女は、その光よりも白く清楚で美しかった。
「久し振りね、タクミ。会いたかったわ」
出会った頃のように若返ったサリア・シャーナ・ルシアがドレスの裾を持ちながら、可愛らしくお辞儀した。




