閑話 レイアとゴブリン王
逃げている。
追われる前から、すでに全力で疾走している。
精霊の森を端から端へ。
しかし、それでも確実に。
いろんなものをすっ飛ばして、あの女は僕に近づいてくる。
「脱皮式連弾人形っ!」
大量の分身を作り、四方八方に飛び散らせた。
これで、少しくらいは時間を稼げ……
「見つけた」
すぐ、目の前に女が立っていた。
ダミーから本物を探す時間すらカットしたのか。
これほどまで、気配に気が付かず誰かの接近を許したことなど、かつて一度しかなかった。
長い黒髪に少し切れ長の瞳。
腰には魔剣ソウルイーターでも聖剣マサムネでもない、新たな刀を携えていた。
白い和風に描かれた紅い牡丹の花が、誰かの返り血で広がり咲き乱れている。
「……すっかり変わりましたね、レイアさん」
僕は蛇に睨まれたカエルのように動けなかった。
爆発的に気を膨らませるアリス様とは違い、この女はまったく力を外に出していない。
なのに、あの頃のアリス様に匹敵するほどの圧力が、重く深く、身体中にのしかかってくる。
「アリス様の代わりなど、誰もできないと思っていました」
「できるよ、私もアリス様と同じくらい、タクミさんを愛しているから」
狂気の愛。
やり直しているのは、物語だけではなかったか。
「ゴブリン王、どうしてゴブリンたちを率いて洞窟に向かわなかったの?」
禁断の第六魔法により、5年前と同じく、子供に戻ったヌルハチと魔剣カルナは洞窟に集まった。※1
本来なら、僕もそこに参加して物語をやり直していたはずだが……
「色々と忙しかったんですよ。思いがけない来訪者もありましたので」
「……リンデン・リンドバーグか」
第六魔法の影響を受けない唯一の人物により、僕はやり直しの輪廻から外れることができた。
「まだ、登場しないはずの人物を早めに登場させることで、物語のズレはさらに大きくなった。サシャに変身させたのも、あなたね」
「さあ、どうでしょうか? 記憶にありませんね。サシャ殿には以前にも変身したことがあったので、脱皮した皮を勝手に持っていったのかもしれません」※2
バレバレの嘘を吐き、会話で時間を伸ばして魔力を回復させる。
無限に魔力を吸収できる精霊の森から出なかったのは正解だった。
「そうか、あなたはあちら側ね、ゴブリン王。リンデン・リンドバーグに協力するなら、そろそろ退場してもらわないといけない」
「あちらもこちらもないですよ。僕はやりたいようにやる」
逃げ延びれる可能性はゼロに近い。
アリス様の時とは違い、本当に潰されるかもしれない。
それでも僕は、ゴブリン王ジャスラックは……
「僕の主はアリス様ただ一人。貴女に仕えることはできません」
一瞬でいい。この女の隙を。
「そうだろ、レイア」
「タ、タクミさっ……!」
「量産型脱皮式連弾人形っ!!」
タクミ殿に変身して、さらに分身を大量に作り出す。
「ふわあぁああああっ!! タ、タクミしゃんがぁ、い、いっぱいにぃィィィィッ!?」
やはりアリス様と同じだ。
タクミ殿が絡むと、急にポンコツになる。
「三十六計逃げるに如かずっ!!」
最後のチャンスだ。
魔力の出し惜しみはしない。
枯渇するまで使って一気に加速する。
かつてないほどのスピードで、一気に西方まで走っていく。
もう誰も追いつけない。
たとえ、全盛期のアリス様でも、今の僕には……
「うおおおぉおおおっ、タクみぃぃぃんっ!! 今、行くでござるよオォオオオっ!!」
抜かれた。
あっさりぶち抜かれた。
え? 今の第六魔法?
神降ろし、使ってない?
「韋駄天だな」
びくんっ、と後ろを振り向いた。
レイアがまったく顔色も変えず、ぴったりと後ろを走っている。
追いつこうと思えば追いつけるのではないか。
それくらい余裕の表情で僕と同じ速度で走っている。
「さすがにあのスピードで走られては、私も追いつけないわ。韋駄天より早い神は存在しない」
「またまた、それでもどうにかできるんでしょう。貴女なら」
ふっ、と静かな笑みを浮かべたレイアに、背筋が凍りつく。
『彼女』と対峙した時でさえ、これほどの恐怖は感じなかった。
「もう、これ以上関わらないので見逃してもらうわけにはいきませんか?」
「……ダメだ、タクミさんの紛い物を作る者など、この世界にいてはならない」
予想通り、あっさり却下される。
やはり、逃げきるしか生きる道は残っていない。
「カメレオンフェイクっ」
残り少ない魔力で全身を透明化させて、周りの景色と同化させる。
こんなものただの気休めにしかならないが、あの場所にたどり着くまで時間を稼げればいい。
切り札は最後まで使うな、使うならさらに奥の手を持て。
本当の最後の切り札。
これを使うしかもう手は残っていなかった。
フラフラになりながらそこに辿り着く。
禁断の地。
魔王の大迷宮に。
「ここにはもう魔王も勇者もいない。なぜ、こんなところにきた? ゴブリン王」
西方からこの場所に目的地を変えれば、たどり着くまで、泳がせてくれると思っていた。
石造りの螺旋階段をゆっくりと降りていく。
魔力も尽き果て、もはや普通の人間より遅くなっている。
「はぁはぁ、さあ、どうしてだと思います? すごい切り札があるとおもいませんか?」
「どうでもいいよ、ゴブリン王。あなたは毎回、ここで力尽きることになってるんだ」
最深部の扉の前に立つ。
豪華な装飾がされた両開きの鉄扉。
消えそうな最後の魔力を使ってその扉を開ける。
ギギギィ、と錆びた鉄の音と共にゆっくりと扉が開いていく。
五年前、ここに魔王は存在せず、僕はアリス様に踏み潰された。※3
当然、今回も魔王はいない。でも、そのかわりに……
時が止まったかと思うほどに呆然とした後、ようやくレイアが声をあげる。
「バカなどうしてっ!?」
この世界で唯一、レイアに対抗できる存在。
「あなたはっ、この世界から消えたはずだっ!!」
引き千切られた鎖が床に飛び散る石造りの部屋の中心で。
「久しぶりだな、レイア。元気だったか?」
かつての人類最強と今の人類最強が対峙した。
※1 五年前にチハルと魔剣カルナ、ゴブリン王が洞窟に集まったエピソードは、第一部 二章 「十一話 はじめてのおつかいインフィニティ」からのお話を。
現在、ハルと魔剣カルナだけでゴブリン王が洞窟に登場しなかったエピソードは、第七部 一章 「二百十六話 はじめてのおつかい タクみん編」をご覧になってください。
※2 ゴブリン王がかつてサシャに変身していたエピソードは、第六部 三章「百九十一話 始まりのパーティー?」に載ってます。
※3 ゴブリン王が魔王の大迷宮でアリスに踏み潰されたエピソードは、第一部 二章 「閑話 アリスとゴブリン王」をみてね。
『うちの弟子』漫画版2巻が、2022年11月8日(月)秋田書店様の少年チャンピオンコミックスから発売されました!
1巻に引き続き、小説版にはない面白さがさらに加速しています!
十豪会や大武会など物語も大きく動きます!
漫画版で躍動するタクミたちをぜひご覧になって見てください!
どうか、よろしくお願い致します!
WEBマンガサイト「マンガクロス」様でうちの弟子、漫画版最新話、掲載中!
第二部始まりました!
超絶に面白いので、みんな見てねー!
次回公開は6月27日火曜日予定です!
漫画版はなんと、あの内々けやき様に描いていただきました。
かなり素敵で面白い漫画になってますので、ぜひぜひ、ご覧になってみてください!!
第7回ネット小説大賞受賞作「うちの弟子がいつのまにか人類最強になっていて、なんの才能もない師匠の俺が、それを超える宇宙最強に誤認定されている件について」
コミカライズ連載がマンガクロス(https://mangacross.jp/)にて3/30(火)よりスタート!!
WEB版で興味を持って頂いた方、よかったら漫画版もご覧になってみて下さい!
またWEB版と書籍版もだいぶ変わっています!
一巻は追加エピソード裏章を多数追加。
タクミ視点では書き切れなかったお話を裏章として、五話ほど追加しており、レイアやアリス、ヌルハチやカルナの前日譚など書き下ろし満載でございます。
二巻は全編がかなり変更されており、さらに裏章も追加されてます!
WEB版では活躍が少なかったマキナや、出番のなかった古代龍の活躍が増えたり、タクミとリンデンの幼い頃のお話や、本編でいつもカットされているレイアの活躍が書かれています。
書籍版も是非、よろしくお願い致します!
⬇︎下の方にある書報から二巻の購入も出来ます。⬇︎
これから応援してみよう、という優しいお方、下のほうにあるブックマークと「☆☆☆☆☆」での応援よろしくお願いします!
すでにされている方、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
茄子炒め 様から素敵なレビューを頂きました。
いつも応援ありがとうございます!
言葉にならないほど感謝しています!
感想も、どしどしお待ちしています!




