二十五話 真実はいつも一つか二つ
俺の脳天目掛けて、豪快に振り降ろされるエクスカリバー。
だが、それが当たる直前、目の前に影が疾風のごとく現れる。
ガギンっ、と刃と刃がぶつかり合い、火花が散った。
「貴様っ、魔王タクミの弟子かっ」
「勇者如きがっ、タクミさんと戦うなど百万年早いっ」
俺と勇者エンドの間に、一瞬でレイアが割り込んでいた。背中にチハルを背負ったままだ。
お互い剣に力を込め、鍔迫り合いを始める。
「そのようなカタナで聖剣エクスカリバーが受け止めれると思うなっ」
エンドがさらに力を込めるとエクスカリバーが輝き、強い光を放ちだした。
「ハァアアアッ、光刃斬っ!」
暗いダンジョンがエクスカリバーの光で照らされる。
レイアのカタナごと両断するつもりだったのだろう。
だが、レイアは余裕の表情を浮かべて、エクスカリバーを受け止めている。
「どうした? エクスカリバーとはこの程度か?」
「馬鹿なっ、そんなはずはっ! 聖剣の力を受け止めれるのは、聖剣のみっ! まさかっ!?」
レイアが笑みを浮かべて、呟いた。
「聖剣マサムネだ」
世界三大聖剣の二つがこの場に揃う。
最ももう一つの聖剣タクミカリバーはただの安物の剣なので、実質この二本で聖剣コンプリートだ。
二つの聖剣も、レイアとエンドの力も拮抗している為、剣を押し合う形のまま、開いた扉の前で二人とも動かずに睨み合う。
「この聖剣マサムネは、私が修行に明け暮れていた頃に……」
まずい。レイアが戦いながら、長くなりそうな過去回想を始めようとする。
今は扉の中から感じる異質な気配の正体を一刻も早く、突き止めなくてはならない。
「ちょっと、ごめん」
レイアとエンドが剣を合わせる隙間から、しゃがんで扉の中に入ろうとした時だった。
右肘が、ぽんとエンドの胸元に当たってしまう。
「ひゃあっ」
いきなりエンドが可愛い声を出して、胸元を抑えてうずくまる。
ぽよん、とした。
めっちゃ、ぽよん、とした。
俺の右肘には、男の胸に当たったとは思えないような、なんとも言えない幸せな感触が残っている。
「お前、もしかして……」
エンドにきっ、と睨まれ、言葉を止める。
何かの事情で内緒にしているのか。
可哀想なので黙っておいてやろう。
「さすがタクミさんっ。触れるだけで私が苦戦している勇者を一瞬で倒してしまうとはっ。これがタクミさんの奥義なのですねっ」
「よ、よくわかったな、その通りだ」
本当はただのセクハラだと言ったら、斬られそうだ。
「二人とも、今は争ってる時ではない。部屋から何も感じないか?」
二人がそこでようやく部屋のほうに注目する。
「……っ! この気配はっ」
「タクミさんっ」
レイアやエンドもその異質な気配に気がつく。
俺は無言で頷き、皆で部屋に入っていく。
石造りの部屋。
そこには、引き千切られた鎖が、床に飛び散っているだけで他には何も無かった。
そうだ。この何もない部屋にアリスは一人、立っていたのだ。
一人? 本当に一人だったか?
十年前のあの時、確かに見えていたのはアリス一人だった。
出会った時の幼いアリスは人間の言葉を話さず、四つん這いで獣のように吠えていた。
部屋に入ってきた俺に向かって?
違う。アリスはずっと違う方向に向かって吠えていた。
あれは、吠えていたんじゃない、話していたんだ。
俺と出会った時、アリスの隣には、見えない何かが存在していたのだ。
「やはり、まだ、ここにあるのか」
そう言ったのは、レイアの背中にいるチハルだった。
いつもの子供の声ではなく、大人の声に変わっている。
レイアの背中から飛び降りると、スタスタと部屋の奥まで歩いて行く。
すぐに行き止まりになり、チハルはそこに立ち、目の前の壁をじっ、と見つめる。
十年前、ここに来た時、俺達はアリスを保護するのに精一杯で、この部屋を調べることが出来なかった。
魔王の大迷宮に来たヌルハチの目的は、一体何だったのか。
その答えを、チハルが持っている。
そんな風に思ってしまう。
じっ、と壁を見ていたチハルが、両手を壁に向けた。
「解除」
ぼそり、とチハルが呟いた途端に、両手から光が溢れてくる。
その光が壁に向かって広がっていき、壁が溶けるように消えていく。
ごくり、と息を飲む。
レイアとエンドも声も出さずに、消えた壁の向こうを凝視する。
そこには、新しい部屋があった。
部屋一面に青い花が咲き乱れていた。
そして、その花に囲まれるように、部屋の中心に柱のような巨大な氷の塊が立っている。
一瞬、ここが地下深くにあるダンジョンだと忘れるくらいに、幻想的な光景だった。
「あれはっ!」
レイアが声を上げる。
俺は驚きで声もでない。
氷の塊の中で、彼女は眠るようにそこにいた。
一糸まとわぬ姿で、自分を抱きしめるように両手をクロスし、乳房を隠している。
下半身は伸びた髪の毛で隠れ、神秘的に見えた。
「何故、こんなところに……」
ようやく声に出して、確認する。
間違いないこの顔は……
「ヌルハチっ」
アリスと戦い、亡くなったと言われていたヌルハチがそこにいた。
あまりのことに呆然と立ち尽くす。
レイアもエンドも氷の中のヌルハチを凝視したまま動かない。
その中でチハルだけがそこに近づいていき、氷に手を触れる。
「ちがう。これはヌルハチではない」
その声が少し震えていた。
怒りか、悲しみか、チハルは複雑な表情で氷の中のヌルハチを見つめている。
「これは魔王。魂の抜けた魔王の本体だ」
アリス、ヌルハチ、魔王、そして俺。
何かがカチリと音を立てる。
十年の時を経て、今、止まっていた歯車が回り始めた。




