二百十八話 過激派の女
「我は新しき黒龍の王クロエ、我が姉、魔剣カルナを奪還するため、戦いを挑みに参った」
クロエの白い髪が逆立ち、オーラが爆発するように膨れ上がった。洞窟の空気がビリビリと震える。
五年前よりかなり強くなってる。それでも……
「拙者に二度負けたことを忘れたでござるか、黒蜥蜴」
ぼんっ、とロッカがクロエのオーラを弾き飛ばす。
「これまでと同じと思わんことだ。我は黒龍の王となった。代々の王だけが伝承できる秘伝奥義をマスターしてな」
え? それをここで使うつもりなの?
や、やめてほしいな、洞窟壊れない?
「面白い、拙者もまだまだ見せていない必殺技がたくさんあるでござるよ」
「ちょ、ちょっと待ったっ」
思わず2人の間に入ったが、それだけでぷちっ、と潰れてしまいそうなほどの圧力だ。
「と、とりあえず食事中だから食べてからにしないか? ほら、久しぶりにあらごしビシソワーズを作ったんだ。クロエも好きだっただろ?」
ぐぅ、とクロエの腹が鳴るのが聞こえた。
やっぱり、物語は同じように繰り返している。
「だいたいタクミ殿が酷いんや。うちらやっとの想いで会いに行ったのに、変な小娘とイチャイチャしてるからっ」
クロエが久しぶりにドラゴ弁を使って興奮している。
あらごしビシソワーズを飲み干した後、気分を落ち着かせるためにワインを出したのがいけなかったか。
「イ、イチャイチャなんてしてないぞっ、ロッカはその、流れというか、成り行きで……」
「何を言われるかっ、拙者とタクみんはイチャイチャのラブラブでごさるよっ! 運命の出会いでござるっ!」
「タ、タクみんっ!? いつのまにそんな関係にっ!? カル姉が聞いたら号泣してまうっ!!」
うん、イチャイチャでもラブラブでもない。
ロッカは未成年だからワイン飲んでないはずなんだけど。
うーん、おかしい……
前回はご飯を食べて平和に解決したんだけど、2人の間に殺気が膨れ上がっている。
「ふふ、相変わらずモテモテね、タクミは」
少し離れた距離から俺たちの騒動を見てシャサが笑ってる。
相変わらず?
やっぱりシャサは俺の知っている誰かなのか。
「そ、そうだ、クロエ。カルナのことなんだが、別に俺たちが奪ったわけではないからな。いつでも持って行ってくれていいんだぞ」
話題を変えて、誤魔化そうとするが……
「そんなん、ついでに決まってるやんかっ、うちはタクミ殿に会いにきたんやっ」
「え? そうなの?」
「ほんま、いつまでたっても黒龍の王になってくれへんしっ、じいちゃん、おらんくなるしっ、カル姉また魔剣なってまうしっ、うちが王になってしまったやんっ!」
うん、ずっと言ってるけど、俺ならないから。
「タクみんが黒蜥蜴の王になどなるはずがなかろう、死がふたりを分かつまで、ここで永遠に拙者と暮らしていくのだ」
「それ、ちやうよ」
「え?」
騒いでいた二人が、ご飯を食べた後、俺の膝の上で眠っていたハルに注目する。
「ごめん、ハル、起こしちゃったか?」
「ううん、ずっとおきてるの。いぱい、なくちたから、さがしてたの」
「んん? それは夢のお話かな?」
やっぱりハルの話は、チハルだった頃よりわかりにくい。
「ゆめじゃないよっ、ほんとのはなしっ、ハルはぜんぶ、わかってりゅのっ」
膝の上でちまちまバタバタと暴れるハル。超かわいい。
「ちゃくみはね。おーちゃまにもならないし、だれかといしょに、ずとくらしたりもしないよ。まわりつづけりゅの、ぐるぐるぐる、くりかえちゅの」
「ハル?」
様子がおかしい。
ハルの言葉じゃないような。
これは、やっぱりヌルハチの……
「なにいうてんの、タクミ殿はうちと一緒にドラゴンの王に……」
パタン、とクロエが電池が切れたみたいに、突然倒れる。
お酒が回ってダウンしたと思ったが……
「酒に飲まれるとは、だらしない黒蜥蜴め、やはりタクみんは拙者と…… きゅう」
ワインを飲んでいないロッカまで、いきなり倒れた。
これはっ!?
「……スリープの魔法。冒険に行く前に手を打ってきたようね」
「え? これ、誰かが攻撃してきたの?」
ロッカとクロエを一瞬で眠らす魔法使い。
シャサと俺は無事みたいだけど。
「かなり遠くからの攻撃ね、それで二人を眠らせたのは、ちょっと信じられない」
そ、そんなに強力な魔法なのか。
「あれ? だったら、なんで俺、平気なんだ?」
「ハルがタクミごと結界で守ってるわ。小さいけど、すべての魔法を遮断してるみたい」
確かに、膝の上のハルから、ぽわっ、と暖かい何かを感じる。
しかし、何もしゃべれずに息を荒げているハルを見て、それが長く続かないことがわかった。
「シャサも結界を?」
「ちがうわ、私には魔法が一切通じないの。もっとも魔法も一切使えないんだけどね」
えっ!? シャサ魔法つかえないのっ!?
だったらサシャそっくりのその姿は、シャサの魔法じゃなかったのか?
「魔法ってことは、攻撃してきたのも西方の魔法使いだよな? なんで俺たちを?」
「禁魔法の解放に反対している派閥かな。でもこれほどの魔法を使う者に心当たりがないわ」
うわぁ、思ったより面倒なことに巻き込まれてるぞ。
シャサが魔法を使えないってことは、戦える二人が寝ている、この状況はかなりの大ピンチだ。
「どうする? 二人を抱えて逃げるか?」
「それは難しいわね。タクミはなにもせずに堂々としていて、相手が勘違いして勝手に怯えてくれるから」
本当の俺を知っている。
やはり、シャサはかなり親しい間柄だった俺の知り合いだ。
「で、シャサはどうするんだ?」
「刺客が一人なら問題ない。魔法関係なしにぶっ殺す」
こんな過激なこという人いたかなぁ……と考えてみるが、俺の知ってる女性は軒並み全員過激な人達だった。




