二百十七話 変換ループ
「あれ? この子は……」
夕飯の支度をしていると、シャサが洞窟に戻ってきた。
どうやら彼女も冒険の準備をするため、どこかに出かけていたようだ。
「うん、ちょっと迷子みたいで。しばらく預かることになったんだ」
「たんだっ」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら、俺の言葉尻を真似して叫ぶ。
「あらあら、可愛いわね、お名前は?」
「わかんないっ」
そうだった。
前はヌルハチの名前からチハルになったが、今回はまるでヒントがないし、本当にヌルハチかどうかもわからない。
「わかんないのかぁ、だったらハルでどうかな? 可愛くない?」
「はりゅ?」
「ううん、ハル」
「……ハル、うんっ! ハルがいいっ!」
まるでその名前に最初から決まっていたように、幼女はハルという名前を喜んで受け入れてくれた。
「それはヌルハチから取った名前なのか?」
「ちがうわよ、ちょうど春だったし、なんとなく言ってみたの」
本当だろうか?
サシャの顔をしたシャサは、ほとんど表情を変えないので真実かどうか読みにくい。
もしかして、俺がハルを連れてくるのも想定済みだったのか?
「一人にはしてられないし、明日からの冒険、ハルも連れて行っていいかな?」
「ええ、もちろん。きっと私たちの切り札になるわ」
「なりゅわ」
ハルが両手を腰に当てて、胸を張っている。
まあ、本当にヌルハチならその通りになりそうなんだけど。
どうも違和感が拭えない。
「頼りにしてるよ」
それでもハルの頭を撫でて、笑いかけると腰にぶら下げていた転移の鈴がちりん、と鳴った。
「チリンチリン?」
デジャヴ。
そうだ。前にチハルは転移の鈴に強く反応した。
「あ、ああ、チリンチリンだ。ハルはチリンチリン好きなのか?」
腰から外してチハルに渡そうとすると……
「そんな好きちがう。それよりお腹すいたっ」
「あ、ああ、そうか。ごめん、すぐ作るからね」
ちがう。明らかに前のチハルとは違っている。
本当にヌルハチじゃないのか?
サシャの偽物だったシャサといい、チハルにそっくりなハルといい。
同じようなことが繰り返しているようで、微妙に変わっているのはどうしてなのか。
「……思ったよりなくなっているのね。想像以上だわ、レイア」
え?
今、レイアって言った?
「まさか、ハルの件にレイアが関わっているのか?」
「あら、聞こえたの? 神降しの影響かしら、聴力が強化されているのね」
そうなの? 自覚はなかったけど、そういえば最近、五感が鋭くなっているような気がする。でも、今はそんなことより……
「やっぱり、ハルがここに来たのは偶然じゃないんだな」
「そうね。偶然なんて一つもないわ。すべては必然。色んなものが絡み合って、ここに集まって来ているの。私も、ハルも、……そしてロッカも」
すべては終わったはずだった。
なのに、また物語はループしているように繰り返している。
少しずつ配役を変えて。
レイアの役割はロッカに。
そして、アリスの役割はおそらくレイアが……
「いったい、何が始まるんだ?」
「それはお楽しみに、としか言いようがないわ。私も全部知ってるわけじゃないもの」
「いただきます」
みんな、お腹が空いていたのか、無我夢中で夕飯に作ったあらごしビシソワーズを食べ始める。
「おいも、おいもがだいかつやくっ」
「タクみんっ、お芋がっ、丸ごとダイレクトに、喉を通っていくようでござるよっ」
「これが例のスープ。いいわね、疲れた身体に染み込んでいく」
三者三様、久しぶりに作ったスープ料理を堪能してくれていた。
「たくさんおかわりあるからな。慌てず食べろよ」
「ふぁい」
「はい、でござる」
「ええ、ありがとう」
3人を見て、一瞬ほころんでしまう。
1人多いけど、やはりデジャヴと思えるくらいに前の展開と酷似している。
なんだかこれって……
「なんだか拙者達家族みたいでござるなっ」
そのセリフ、前はレイアが言っていた。
「やっぱり、ハルは未来の拙者達の……」
「うん、それはちょっと置いといて。魔剣の、カルナのほうはどうなった?」
うん、俺たちの子供ではない。
2回目なので、以前ほど動揺しない。俺、強い。
ちえっ、と舌打ちしながら、ロッカが洞窟の隅に置いてある魔剣カルナのほうを見る。
「まったく反応がないでござるよ、やっぱり中身がないのではござらんか?」
「いや、カルナが中に封印されてるのは確実なんだ。たぶん、力がなくなって活動できないんじゃないかなぁ」
そういえば、タクミ村で魔剣カルナを渡された時……
「すべての魔装備を愛し、すべての魔装備に愛された武器商人、このソネリオンでさえ、彼女を目覚めさせることはできませんでした」
「ああ、そうなんだ、まだ眠いんじゃない?」
普通の剣を買いに来たら、魔剣カルナを目覚めさせようとしているチョビ髭に遭遇した。
「やはり、最後はタクミ様に託すしかありませんっ。どうか真実の愛で彼女をっ、魔剣カルナを復活させて頂けませんかっ」
「ちょっ、ちかいよっ、ソッちんっ、顔がっ、チョビ髭が当たって痛いからっ、やめてっ、わかったからっ、持って帰るからっ、頑張ってみるからっ」
こうして半ば強引に押し付けられた魔剣カルナ。
ほっといてもすぐに目覚めると思ったけど。
「仕方ない。明日の冒険にはカルナも持っていこう。起きたとき、誰もいなかったら可哀想だしな」
「だ、大丈夫でござるか? 拙者は30秒で力を吸い付くされましたがっ」
「まあ俺、何年も持ってたし、平気じゃないかな」
「な、何年もっ! レイア様が言ってたことは本当でござったかっ!!」
うん、吸われる力、ないからね。
「懐かしいな、もう魔剣になることはないと思ってたよ」
再び腰に装備した魔剣カルナは、自分でも驚くほどに、しっくりくる。
「俺が寂しがってたから、また来てくれたのか? カルナ」
カルナは答えない。
『そうやで、タッくん、やっぱり、うちがおらなアカンな』
頭の中にだけ、カルナの懐かしい声が聞こえてくる。
「タクみんっ!」
あらごしビシソワーズをすすっていたロッカがいきなり背中に背負っていたバスターソードを抜いた。
そうか、やっぱり来るのか。
ロッカの視線の先、洞窟の入口に、紅い目を光らせた色の黒い女が立っていた。
ショートボブの真っ白な髪には、以前にはなかった漆黒の王冠が装着されている。
「我は新しき黒龍の王クロエ、我が姉、魔剣カルナを奪還するため、戦いを挑みに参った」
順番は違う。
だが、確実にゆっくりと、不可解に変化しながら物語は繰り返していた。




