閑話 レイアとカルナ
負けた。また負けてしもた。
古代龍のじいちゃんがいなくなってから、黒龍の王として、生態系の頂点に君臨するはずのうちが、あんな小娘にコテンパンにやろれてもうた。
しかも、ボルト山を着物白塗妖怪姉妹が挽回しているという噂まで流れてる。
「く、屈辱や。このままですむとおもうなよ」
「カ、カル姉、ここはちょっと落ち着いて……」
「くーちゃんはもう黙っててっ! もううち一人でやるからっ!」
こうなったらもう手段は選んでられへん。
じいちゃんが残していった生涯で一度しか使われへん最大最強のドラゴン最終奥義。
アレを使って、あの小娘をぶっ飛ばしたる。
「みとれよ。魔剣に封じ込められてた時からずっと溜め込んどったうちの力。全部お前にぶちこんだるからな」
「ああっ、カル姉がっ! 昔の邪龍みたいにぃぃぃーーっ!!」
ざっ、とその足音がするまで、目の前の侵入者に気づくことができへんかった。
気配を消していたなんてもんやない。
まるで、うちらがおるエメラルド鉱石の大鍾乳洞に入ってきたシーンがまるまるカットされたみたいに、いきなり目の前に現れよった。
「レ、レイアっ!」
「お久しぶり、カルナ、クロエ」
久しぶりの再会にもかかわらず、すぐに言葉はでえへんかった。
たった数年で、人はここまで変われるものなんか。
長い黒髪に少し切れ長の瞳。腰には懐かしい魔剣ソウルイーターを携えている。着ている衣服は昔と同じ紅い牡丹ぼたんの花が描かれた白い和服やった。
そう、見た目はまったくといいほど変わってへん。
しかし、その佇まいは、うちが知る最強の人間、宇宙最強のアリスに瓜二つや。
「な、なんや、レイア。い、いまさら何しにきたんや」
心の底から湧き出て来るようなおぞましい感情がなんなのか、すぐには理解できひんかった。
畏怖。うちは目の前のレイアに恐怖を感じてる。
「……今回は関わらないでいてほしい。タクミさんとロッカに」
ぶわっ、と静かに、それでいて圧倒的な、有無を言わさない圧力が全身を包み込む。
いったいどこで差がついた?
うちとレイアの力はそんなに変わらんかったはずや。
やのに、今はもう、あの時のじいちゃんとアリスみたいに。
掛け離れた力の差を感じてしまう。
「い、いややっていうたらどうするんや?」
「もう一度、ここに入ってもらう。次はもう抜け出せない」
レイアが腰から魔剣ソウルイーターを抜いて、すっ、と前にさし出しよった。
「ほ、本気みたいやな」
静かな、そして細い針のような鋭い気が、レイアの身体に収まり切らず、チリチリとひりつくように漏れ出てる。
漆黒の黒い髪が風に揺れ、どこまでも深い闇のような黒い瞳は、うちをじっ、と見据えとった。
魔剣ソウルイーターを持ち、凛と構えたその姿は、まるで神話の戦女神のようや。
「参る」
一言そう呟くと、レイアは、まるで散歩をしているみたいに、平然とうちに近づいてくる。
「な、なめんなやっ!!」
押し潰されそうになる圧力を跳ね除けるように、ドラゴン形態へと変化を遂げた。
「邪龍暗黒大炎弾っ!!」
レイアに向けて放った特大の炎の塊は、軽く手を添えただけで簡単に受け流される。
「な、なんでや。なんでこんなに強なったんやっ」
「……私はアリス様の変わりだから」
変わり? いなくなったアリスの?
「ほな、あれかっ、うちはいなくなった古代龍の、じいちゃんの変わりとでもいうんかっ」
レイアの口元に微かな笑みが浮かぶ。
「ええ、そうよ。物語は永遠に繰り返される。あなたは魔剣になって、もう一度、タクミさんの元へ行くのよ」
不覚にも、それもちょっとええやんって、思ってまう。
でも、それはあかんねん。
うちはタッくんの所有物やなくて、ちゃんと対等に、一人の女として付き合っていきたいねん。
「悪いけど、物語、変えさせてもらうで」
うちのすべてを賭ける。
あの小娘に使うはずやったドラゴン一族に伝わる生涯で一度しか使えない最大最強の奥義。
それは魔剣に封じ込められていた時から、うちが毎日欠かさず溜め続けた力の結晶であり、最後の切り札やった。
「そういや、一番力を吸われてくれたん、レイアやったな」
「次はあの子が引き継ぐわ。私たちはタクミさんを中心にいつまでも周り続ける」
くるくるくるくる。
目の前でレイアが踊りだす。
確か、東方の踊りで舞とかいうやつや。
幻想的に踊るレイアの後に、夕陽で紅く染まった黄金色の稲穂が突然、現れる。※
「な、なんやコレ、うちは何を見せられとるんや」
紅と黄金に囲まれて、幻想的に踊るレイアに一瞬見惚みとれてまう。
目をゴシゴシと擦り、もう一度見ると、元のエメラルド鉱石の大鍾乳洞に戻っとった。
「再び、参る」
「うわぁあああああああああっ!!」
踊りをやめたレイアが近づいてくると、例え用の無い恐怖が全身に降りかかる。
いややっ、うちは繰り返したくないっ!
タッくんと、今度はちゃんと前に進みたいんやっ!!
「ガアァアあああァアァアっアアァアっっ」
咆哮と共に全ての力を口から一気に放出する。それはまさにうちが魔剣として生きてきた魂の証、そのものやった。やのに……
「カット」
レイアのその一言で。
なにもかもが真っ白に包まれて、消し飛ばされていく。
「カル姉っ!!」
ああ、ごめんな、くーちゃん。
うち、またやらかしてもうたみたいやわ。
気がついた時には、懐かしい魔剣の中。
そして、それを握っているのは……
あのクソ生意気な小娘やった。
※ レイアが紅と黄金に囲まれて、幻想的に踊るエピソードは、「第一部 序章 十話 紅と黄金色の休息」に載ってます。みんな忘れていると思うので、是非ご覧になってください。




