二百十四話 六と花
「で、サシャのフリをしているお前は一体、誰なんだ?」
ルシア王国の王室のテーブルに置かれた千里眼の水晶に、微動だにしないサシャが写っている。
話しかけたタクミも動かない。
映像が止まったままで、千里眼の機能が停止したように感じていると……
「見て……いるな」
突然、サシャの顔がアップになり、水晶に砂嵐のようなノイズが走る。
魔装備がジャミングされた?
強力な遮断魔法。
本物のサシャには使えない。
「なんと、タクミ様のところにいるサシャ様は偽物だったのですかっ」
「ふむ、ヌルハチは最初からわかっておったわ」
いつも、冷静なナナシンが、これ以上ないまでに動揺している。
無理もない。ヌルハチですら、あのサシャが偽物であったことにまるで気づかんかった。
洞窟に千里眼の水晶を仕掛けてきたのも、サシャがポイントを使って、タクミにエロいことせんか、見張るためなんじゃが……
「しかし、さすがヌルハチ様、サシャ様が偽物であることに気づいておられたとは。私はてっきり、サシャ様がタクミ様に何か破廉恥なことをしないか、見張るために水晶を仕掛けてきたと思っておりました」
うむ、よくわかったな、その通りじゃ。
思わずそう言ってしまいそうになるのを、なんとか押し留める。
「うむ、大賢者ヌルハチに見破れぬ魔法はないわ」
まったく全然わからんかった。
ゴブリン王の変身でもあそこまで精巧には化けれない。
タクミはどうやってサシャが偽物だと気がついたのか。
「しかし、そうなると本物のサシャ様は一体どこに? それにあの偽物は誰なのか? すぐにでも戻って事の真相を突き止めなければっ」
「落ち着け、ナナシン。事はそう簡単には進まぬ。洞窟全体、いやおそらくはボルト山全域に、強力な魔法遮断結界が張り巡らされておるわ」
先程から、タクミの元へ転送魔法を仕掛けておるが、まるで反応せん。
向かったところで、全く魔法が使えなければ、返り討ちにあうのは目に見えておる。
「まさか、魔法で大賢者ヌルハチ様を上回る者が存在するのですか?」
「ふむ、そうはおらぬはずじゃがな。一人、いや二人だけ心あたりはあるが……」
かつて、ヌルハチの中に入っておった魔王マリア。
全盛期の彼女なら、これぐらいの芸当はやってのけるじゃろう。
しかし、リックと同様、あの騒動以来、本来の魔王としての力は薄れ、今は隠居生活に勤しんでおる。
そして、もう一人。
ヌルハチと同じく、かつて魔王の器であったリンデン・リンドバーグ。
時を止めるほどの絶大な魔力を誇っていたが、彼女もクロシロ戦以降、魔法を使えなくなっていた。※
「……どちらも、今は大した魔法は使えんはずじゃ」
「ますます不気味ですね。もしや、西方の六老導たちが関わっているのでは?」※
「時代遅れの老害共か。魔力は枯れ切っておるが、知識だけは半端ないからのぅ」
時間逆行のような禁魔法を、見つけ出したのかもしれん。
だが、それを使えるような魔力を持った魔導士は、今はヌルハチ以外、存在しないはずじゃ。
「久しぶりに行ってみるか。魔法王国、西方ウェストランドに」
良い思い出など、まるで無い。
かつていたエルフの仲間たちも、卑劣な人間たちに辺境の地に追いやられた。
残っているのは、搾りカスのようになっても生にしがみつく醜いジジババ共だけだ。
「偽物のサシャ様がいるタクミ様のところには、向かわなくてもよろしいのですか?」
そう言われて、思い出す。
前にデウス博士の妨害により、転移の鈴が使えなかった時は、走ってタクミの元まで駆けつけた。※
あの頃は、タクミが心配で、たまらなかったが……
「大丈夫じゃ、あの偽サシャ、タクミに対してまるで殺気がない。偽物だと見抜かれた事じゃし、ポイントを使われることもないじゃろう。あの小娘もついておるしな」
それでも以前までなら、何を置いても駆けつけたはずじゃ。
今のタクミなら大丈夫。
そう思わせるほど、ちゃんと成長していることが、頼もしくもあり、少し寂しくも感じた。
「また争いが始まってしまうのでしょうか。もう二度と戦のない、平和な世界がやってきたものだと、想いを巡らせておりました」
「なにをいうか。物語はすでにハッピーエンドを迎えておる。西方であろうが、もっと大きな敵であろうが、なにも揺るぎはせんわ」
実に数千年ぶりに、西方ウエストランドに残していた転移の鈴に座標を合わせる。
かつて、エルフの里があり、今は六老導の本拠地。マジックキングダムがある場所へ。
光の渦の中を高速で泳ぐように、一瞬で転移する。
まるでそこに招待されたかのように、三角形を上下に重ねる六芒星が描かれた城の地下へと転移した。
「おかえりなさい、と言ってもよろしいか」
「……くそジジババどもが」
六芒星のそれぞれの頂点に、深くローブを被った老人たちが、ゆらりゆらりと幽霊のように揺蕩っている。
六老導が一堂に集結するなど、滅多にないことだ。
「今回の件、すべてお主らの差し金か」
「まさか」「我らにはもう」「そんな野望など」「ありませぬ」「六老導はすでに」「この国のトップではございませぬ」
6人がそれぞれ言葉を繋ぐ。耳障りな不協和音に、極大魔法を打ち込みたくなるのをなんとか堪えた。
「ヌルハチがここにいた時から数千年、一度も変わってないトップが入れ替わっただと? そんなことを信じると思うか?」
「我ら6人」「全盛期の」「合わせた魔力を」「超えた者が」「現れたら」「その座を譲る決まりじゃ」
バカな。ヌルハチですら、いやかつての魔王ですら、全盛期の六老導の魔力、三人分にも満たなかった。
それを超えるものが現れたじゃとっ!?
本当なら、あのアリスですら、敵わないのではあるまいかっ。
チリンと六芒星の中心に置かれていた鈴が鳴る。
転移? バカな、この鈴における転移はヌルハチにしかできぬはずっ!!
「おおっ」「我らが」「王が」「帰還」「された」「わ」
神速転移。いやヌルハチのそれよりも遥かに速く美しい。
溢れんばかりの魔力の渦が、六芒星を照らし上げる。
「バカなっ、なぜ、お主がっ!?」
そして、その光の向こうに現れた、絶大な魔力を持つ者は……
「ただいま、ヌルハチ」
紛れもない本物の断崖の王女、サリア・シャーナ・ルシアだった。
※ リンデンさんがシロクロ戦で最後の魔法を使ったエピソードは、「第三部 百三話 1分間」 に載ってます。
※ 六老導のことが詳しく描かれているエピソードは、小説版2巻裏章 「タクミとリンデン」に載ってます。
※ デウス博士に転移を妨害され、ヌルハチが徒歩でやってきたエピソードは、「第二部 五十話 遅れてきた大賢者と黒幕の正体」に載ってます。
興味がある方は、よかったらご覧になってください。




