二十四話 魔王の大迷宮
山を出てから五日がたった。
湿地帯を抜けて砂漠に到着する。
ゴルゴダ砂漠と呼ばれる広大な砂漠。
その中心、遥か地の底に魔王の大迷宮が眠っている。
『砂しか見えへんな。タッくん、位置わかるん?』
「ああ、太陽の位置でわかる。今日はもう遅いから、キャンプをして、朝を待とう」
砂漠に入る手前の草原にテントを張る。
十分な食料を持ってくることはできなかったが、道中でラビやリーを数匹捕まえていた。
素早く皮を剥いて、焚火をし、串焼きにする。
食べきれない分は簡易的な石窯を作り燻製にした。
これで到着までの食料はなんとかなりそうだ。
「ここまで、魔物や大きな獣にまったく会わなかったな」
湿地帯には、スライムやケロッグなどの魔物が多く存在する。少なくとも二、三回は出くわすことを覚悟していたのだが、拍子抜けするくらい何もなく砂漠までこれた。
「カルナ、湿地帯ではなにも気配を感じなかったのか?」
『せやな、魔物の気配はなかったで。生きてる魔物の気配はな』
確かにそうだ。
道中、いくつかの魔物の死体を発見した。
それも、ついさっきまで生きていたかのような死体ばかりだった。
「魔物以外の、そうだな、人の気配は感じなかったか?」
『それはちょっと答えにくいなあ。頑張って気配消してるみたいやし、うちは気づいてないことにしといたる』
ほとんど答えを言っているみたいなものだが、カルナがそう言うなら、俺も気づかないフリをするしかない。
「ちょっと食料を作りすぎたな。このままじゃ腐らせてしまう。仕方ないからこのまま置いとこう。獣か何かが食べてくれるといいんだけどなぁ」
大きめの声で独り言を叫ぶ。
少し離れた木陰から、ぐぅ、という腹の音が聞こえてきた。
聞こえないフリをして、テントに入る。
『やっぱりタッくんはモテモテやなあ』
「ん? なんのことかな?」
翌朝、残して置いた食料は綺麗に消えていた。
砂漠に入ってからは、隠れる場所が少ないこともあってか、目視でも何度かその姿を確認してしまう。
突然、砂漠の地中からサンドワームと呼ばれる巨大なミミズのような魔物が襲ってきた時には、タクミさんっ、という声がはっきりと後方から聞こえてきた。
『邪龍暗黒大炎弾っ!』
「邪龍暗黒大炎弾っ!」
カルナが必殺技の名前を叫んだので、続けて叫ぶ。
カルナから無数の黒い玉が噴出し、サンドワームに襲いかかる。
その全てが命中し、爆発と共にサンドワームは遥か彼方に吹っ飛んでいった。
「あっ」
後ろから駆け寄ろうとした誰かさんと目が合った。
背中には幼女をおぶっている。
「砂が目に入った。おかしいなぁ、何も見えないやぁ」
俺が目を擦っているうちに、その姿は見えなくなる。
『もう合流してもいいんちゃう?』
「ん? なんのことかな?」
これは俺一人の問題だ。
だけど、一日一回しか使えないカルナを使ってしまった。
後はよろしく頼むと心の中でお願いしながら、先に進む。
さらに三日後、カルナの探知となぞの助っ人のお陰で予定よりも早く、魔王の大迷宮に到着した。
『ここ、お墓なん?』
カルナが言うように、砂漠の真ん中に、大きな鉄の十字架が何本も刺さっていて、墓に見える。
その数、72本。
それぞれに名前のようなものが書かれているが、魔族文字のようで全く読めない。
その一つに、ヌを◯で囲ったサインが刻まれている。
ヌルハチがこのダンジョンを見つけた時に付けたものだ。
その十字架を前方に押し出すと、鉄が軋む音と共に地面がずれ、地下へと続く階段が現れた。
『これが魔王の大迷宮やな』
「ああ、そうだ」
十年前、俺はそうとは知らず、ヌルハチ達とここを探索した。
ヌルハチは魔王の大迷宮とわかっていてここに来たのだろうか。
深い闇の中、松明の灯りだけを頼りに、どこまでも続いていくような石造りの螺旋階段を降りていく。
その足音が重なって聞こえてきた。
俺の後ろをついて来てくれているのだろう。
ヌルハチやリック達とここに来た時もそうだった。
俺はいつも強い仲間達に守られている。
帰りはちゃんと一緒に帰ろう、重なる足音に安心感を覚えながら、階段を踏みしめていった。
最深部に辿り着く。
そこにある豪華に装飾された両開きの鉄扉は、十年前となんら変わりはなかった。
「馬鹿な、開かぬ、だとっ」
そういえば最初、ヌルハチがこの扉を開けようとしたが、どうしても開けることができなかった。
「限界まで溜めた魔力で開かぬだとっ。まさかっ、まだ奴は強くなり続けているというのかっ!?」
そうだ、確かにそんな事を言っていた。
やはり、ヌルハチはここが魔王の大迷宮ということを知っていたのだろう。
その後、リック、サシャ、バッツの三人が扉を開けようと様々な試みをしたが、ビクともしなかった。
「開かないなら仕方ない。帰ってメシにしよう」
諦めムードの中、一人お気楽な俺は扉にもたれかかって、みんなを慰めようとした。
その時、ゆっくりと俺の身体は傾いた。
体重をかけていた扉は、まるで鍵などかかっていないように簡単に開き、俺は転げるように部屋に入ってしまった。
そして、そこにいたアリスと初めて出逢ったのだ。
どうして俺だけがあの扉を開くことができたのだろうか。
あの時と同じなら、この扉はまた簡単に開くはずだ。
緊張と不安の中、扉に手をかける。
ギギギィ、と錆びた鉄の音と共に扉は簡単に開いていく。
その時、カツン、と足音が聞こえてきた。
「もう出てきてもいいよ。ずっと付いて来ていたのはわかってたよ」
「そうか、さすがだな」
っ!?
予想していた声とは違うハスキーボイスに慌てて振り向く。
「やはり、ここに戻って来たか。魔王タクミ」
聖剣エクスカリバーを構え、青いマントを羽織った赤毛の美青年、勇者エンドがそこに立っていた。
「あ、あれっ! レイアとチハルはっ!?」
エンドの後ろの方で、登場シーンを奪われたレイアと、その背中に背負われたチハルが悲しそうな顔をしている。
「大武会を待つまでもない。ここでお前を倒してやる」
エクスカリバーを抜いたエンドに向かって、反射的に魔剣カルナを抜く。
『タッくん、ヤバイで』
「ああ、勇者だからな。かなり強いはずだ」
『ちゃうねん。扉が開いた部屋からや。なんか、おるで』
ぞくり、と闇が覆い被さるような異質な空気がそこから流れてきた。
思わず、部屋の方を振り向いた瞬間だった。
エンドのエクスカリバーが俺の脳天目掛けて、豪快に振り降ろされた。




