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二百十話 弟子の弟子の弟子がきた

 

 のどかな日常が戻ってきた。

 前にもそんなことを言っていた気がするが、今度は本当だ。

 アザトースと『彼女』は、こちらへの干渉をやめ、向こうの世界の滅亡を阻止するように動き始めた。

 もうこれまでのような争いもないし、誰も俺を宇宙最強とは勘違いしない。

 真の平和が訪れたのだ。


「ふぅ、ちょっと休憩するか」


 畑仕事が一段落したので、木陰に座って朝作っておいた弁当を広げる。

 握り飯とお漬物を、笹の葉につつんだシンプルなものだが、色々と工夫を凝らしていた。

 握り飯の米は塩麹で味付けし、中には甘辛く煮込んだそぼろを薄皮の卵焼きで包み込んだものが入っている。

 さらにアクセントを加えるため、海苔の代わりに大葉の葉を巻いてみた。


「うん、うまいな。午後からも頑張っていこう」


 晴耕雨読せいこううどくの日々に、不満はない。

 洞窟に戻ってきてから、毎日一人でご飯を作り、充実した日々を過ごしている。

 レイアがやって来てからの騒動が嘘のような平和な日々だ。


 そう、俺がずっと待ち望んでいた、元通りの日常。

 そこにはなにも不満などないはずなのに……


「タクミさん」

「タクミ殿」

「タクミ」

『タッくん』


 みんなの声が聞こえた気がして振り返る。


 当然、そこには誰もいない。

 ただ自分が耕した畑が広がるだけだ。


「……大丈夫。俺が望んだことなんだ」 


 空を見上げると、雲一つない晴天がどこまでも広がっている。

 カーマンラインにある銀円も、ヒビ割れた宇宙そらも、もう見えない。


 思い出だけが残り、目を閉じる。

 大変だったけど楽しかった日々が巡り、口元が緩む。


 ゆっくりと目を開けて、一人、歩き出した。




「貴殿が大剣聖レイア様のお師匠様、超宇宙タクミ様であられますか」

「へ?」


 草が生い茂る俺の足元に、まだあどけなさの残る少女がひざまずいている。

 もうすぐやって来る冬に備え、洞窟の前で肉を塩漬けにしていた時のことだった。

 おかっぱの金髪にパッチリとした大きなの瞳。年は十五、六歳くらいだろうか。背には少女の身長よりもはるかに巨大な大剣を背負っている。

 確か、北方の剣でバスターソードと呼ばれているものだ。着ている衣服も北方の蛮族が着るような、勇ましい衣装だ。


「うん、超宇宙てなに?」

「ふっ、なにを申されるか。超宇宙とは宇宙最強をも凌駕されたタクミ様にだけ許された称号ではござらんか」


 なにその変な称号?

 許してくれなくていいから。

 だいたいレイアは、俺に何の力もないことがわかって、弟子をやめて旅立ったはずだ。


「勘違いだ。お前さんが言ってるのは俺じゃない。きっと話がどこかで食い違って、俺とアリスを間違えたんだろう」

「まさか、そんなことはありません。アリス様の偉大さはちゃんと聞き及んでおります。しかし、それもすべてはタクミ様の教えがあってのことと、レイア様は自慢げに語っておられました」


 なんで? どこをどう見てそんなふうに思ったの?

 てか、この展開、レイアの時と同じだよね!?

 コピペなのっ!? 俺の人生コピー&ペーストなのっ!!


「いやいやいや、本当に俺、なにもしてないから。アリスどころか、レイアにだってロクな修行をしていない。教えたのは芋の皮剥きぐらいなんだからっ」

超宇宙(ちょううちゅう)薄皮(うすかわ)芋剥千極練(いもむきせんごくれん)のことでございますね。恥ずかしながら、拙者、まだ免許皆伝しておりませぬ」


 いいよっ、そんなの無免許でっ!


「うん、本当に誤解だから言っておくけどな。俺はずーっと何もしてこなかったの。以前は勘違いした人たちが大勢来ていたけど、みんなそれに気づいて、誰も訪れなくなったんだ」

「またまた、レイア様が仰っていた通り、やはり御謙遜されるのですね。こちらに誰も来なくなったのは、大賢者ヌルハチ殿が強力な四神柱の結界を、ボルト山全域にかけていると聞き及んでおりますよ。タクミ様ならご存じのはずです」


 うん、全然まったく存じません。

 え? 俺がのんびり暮らせてたの、ヌルハチのおかげだったのっ!?


「ん? ちょっとまてよ? 強力な結界が張ってあったんだろ? どうしてお前はここに来れたんだ?」

「はいっ、どうしてもタクミ様にお会いしたく、申し訳ないと思いながらも、少し結界に穴を開けさせて頂きましたっ」


 あ、この少女、ヤバい。

 四神柱の結界を突破したのは、これまでは唯一アリスだけだったのにっ。


「だ、だいたいのことは把握した。で、君は何しに来たの?」


 できれば聞きたくなかったが、聞かないわけにもいかない。


「はっ、自己紹介が遅れました。拙者は大剣聖レイア様の一番弟子、ロッカと申します」


 うん、今、明らかなデジャブを感じた。


 レイアの弟子。アリスが俺の弟子なら弟子の弟子の弟子ということか。

 すごく嫌な予感がする。


「レイア様は人類最強の大剣聖でありますが、人にものを教えるのがかなり苦手であると言われました」


 い、今の人類最強、レイアなんだ。


「そこで宇宙最強をも凌駕する超宇宙タクミ様に教えを請いに馳せ参じた次第にございまする」


 はい、きましたっ!

 てか超宇宙だとタイトル変わっちゃうからっ!

 と、とにかく、これは絶対に断らなくてはいけないやつだ。


「あ、あーー、ロッカさん」

「はい、超師匠」


 やめて、ギラギラした目で見ないで。

 あと超師匠とか呼ばないで。 


「お、俺はもう弟子とかを取るつもりはないんだ。一生を一人で生きていくと決めて……。え? 何? ロッカさん、大剣を引き抜いて、何を……」


 ロッカが巨大な大剣を構え、戦闘体勢をとる。

 あれ? 断ったら俺、斬られちゃうの?


「気をつけてください、超師匠っ、ものすごい勢いで、強い気配が近づいてますっ!!」

「ええっ!? ヌルハチが結界を張ってるんだよね? ロッカさん、少し穴を開けただけだよね!?」

「……申し訳ございません。本当は少しのつもりが、ちょっと加減を間違えて……ほぼほぼ壊しちゃいました」


 てへっ、と可愛く笑って誤魔化すロッカ。

 ダ、ダメだ、この子、レイアとアリスを足して2で割ってないような危険人物だっ!!


「大丈夫ですっ、全て拙者が成敗してご覧にいれます。どうかタクミ様はどん、と構えて見守っていてくださいっ!」

「いや、ダメだよっ! 畑耕したばかりだし、ここで戦わないでっ! えっ!? 本当になにかやって来てるっ! いやぁああああぁぁあぁ…… ん?」


 よく見るとそれは見たことがある、懐かしい光景で。


「ほう、黒龍が二匹かっ! 相手にとって不足なしっ!」

「いやまて、ロッカ、あれは敵じゃない」

「え? レイア様はタクミ様に近づく者、特に黒いドラゴンは絶対に討伐せよ、と(おっしゃ)ってましたよ?」


 な、なんてことをおっしゃってるの。


「むむっ、さらに他の気配がっ! 山道を大勢の足音がっ! まさか、ルシア王国のいきおくれ王女が攻めてきたのかっ!?」

「あ、あの、それも敵じゃないと思うんだけど」

「いえ、レイア様は、ルシア王国の王女が近づいて来たら何があっても根絶せよ、と仰ってましたよっ」


 や、やめてよね、国をあげての大戦争になるからね。


「くっ、結界を壊したのは失敗だったかっ! 神速転移反応を察知っ! 大賢者もやってくるっ!?」

「あの、まさかレイアはそれも……」

「命をかけて滅殺せよ、と仰ってましたっ!!」


 ああ、もうダメだ。

 平和だった日々が音を立てて崩れていく。

 短い、あまりにも短い平和な日々だった。


 ふふ、ははははは。


「おお、タクミ様、たくさんの敵に囲まれながらも余裕の笑み。この程度のことなど、気にすることもない日時茶飯事、ということですなっ」


 ああ、もう言えばいいんだろ、あのセリフをっ。


「よくわかったな、その通りだ」


 この話は俺が本当に超宇宙になるとか、そういう物語ではない。

 ただ、ただ、人外の者達に巻き込まれながら、勘違いされ続ける喜劇、いや……


 永遠の物語である。


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― 新着の感想 ―
[一言] 王国ではタクミと結婚してた扱いだった王女と離れてるって事は 王国では離婚したとか別居して離婚秒読みとか思われてるんだろうか? 一般民衆からは金遣いの荒さに着いて行けなくて引き篭もったとか思わ…
[一言] こうやって延々とお話はループし続けるのですねw
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