二百九話 エンドロール
亀裂の走った空の向こうに、虚無が広がっていた。
何もない終わりの世界に懐かしさを感じる。
きっとワタシはそこから生まれてきたんだろう。
「さよなら、ママ」
自然とその言葉が口に出た。
宇宙最強の力が、ワタシの中に『彼女』の一部があることを教えてくれる。
『彼女』からタクミへ。
タクミからワタシへ。
ワタシから『彼女』へ。
回帰した宇宙最強の力は、『彼女』の腹に小さな宇宙を作り出した。
螺旋状にねじれた『彼女』の身体が、自らの宇宙に向かって吸い込まれていく。
もうワタシにも止めることが出来ない。
死でもなく、消滅でもなく。
宇宙最強は『彼女』を飲み込んで、ワタシの中に帰るだろう。
収縮する宇宙が輝き出し、辺り一面がワタシの髪色と同じ金色に染まる。
きゅるるるっ、と『彼女』のすべてが飲み込まれ……
ピタっ、と止まった。
絶対に止まらないはずの力が、その小さな手に触れられただけで。
……止まるどころか、『彼女』の身体が反転して、逆再生されるように復活していく。
「わふんっ」
「会ったこと……あるよね?」
パタパタと尻尾を振りながら、宇宙最強の力をいとも簡単にコントロールしている。
そんなことは今のワタシにも、いや誰にだって出来るはずがない。
タクミからもらった宇宙最強の力は、それ以上が存在しない、天下無双の能力だ。
「いったい、どうやってるの?」
「わふ?」
アーモンドの形をしたくりくりの瞳で、ワタシを見ながら首をかしげている。
説明できないのか。説明したくないのか。
「まっ、いいか」
タクミと同じ匂いのするこの子なら、間違った力の使い方はしない。
完全に身体が再生された『彼女』は、生まれたばかりの赤ん坊みたいに丸まって、寝息をたてている。
「……ちいさな電気は消さないで」
寝言だろうか。
むにゅむにゅ、と動く『彼女』の口から笑みがこぼれた。
そこにはもうラスボスだった『彼女』はいない。
「おやすみなさい」
立ち去ろうと背を向けたら、どこかで聞いたような懐かしい声がして振り向く。
『またね、アリスちゃん』
その声は、『彼女』と小型犬の向こう側。
すごく近く、それでいて、とてもつもなく遠いところから。
遠い遠い、宇宙最強の力でも探知できないような、永遠の場所から聞こえてきた。
「お、お疲れ様、アリス」
変わらない。
世界が終わりに近づいても、宇宙が空から落ちてきても。
タクミはいつものタクミで、まったく変わらない。
「え、えーと、これで全部おわったのかな? お、終わったんだよね? もう戦いとかないよね? ハッピーエンドでエンドロールが流れてるよねっ、ねっ」
すごく安心する。
でも、ワタシはもう、それに甘えているわけにはいかない。
「まだ、終わってないよ、タクミ」
「ぇええっ!? 終わってないのぉっ!!」
ようやくタクミの隣に並び立てた。
これで終わりなら、どれだけよかったか。
でも違う。これは仮初めの力で、本当のワタシじゃない。
「うん、ワタシはこの力をタクミに返さなきゃいけない」
「へ?」
ワタシはちゃんと一から修行して、タクミの隣に並び立ちたい。
「い、いや、それはすでにお前の力だ、アリス。も、もう俺には必要ない」
「そんなことない。こんな力を貰いながら、ワタシはいままでどうやって使っていいかわからなかった。きっとタクミなら、簡単に使いこなせるはずだ」
「いやいやいやいや、いまさらそんなの返されても、受け止めれないよっ!! 俺、爆発しちゃうって!!」
タクミがブンブンと首を横に振りながら後退するので、同じだけ歩を詰める。
「かえすって言ってるじゃない」
「だから、いらないってっ」
むぅ。
「かーえーすー」
「いーらーなーい」
「かーーえーーすーーっ!」
「いーーらーーなーーいっ!」
「かえす、かえす、かえす、かえす、かえすっっ!!」
「いらない、いらない、いらない、いらない、いらないっっ!!」
いつのまにか、駆け足で逃げ出したタクミを追いかける。
宇宙最強の力を使えば、すぐに追いつけるはずなのに、一定の距離から縮まらない。
そうか、ワタシはタクミに並びたいんじゃない。
ただ、ずっと、こうやって追いかけていたかったんだ。
「あげる」
「参る、みたいに言わないでっ」
いまにも落ちてきそうな宇宙の下で。
いつまでも、どこまでも、追いかける。
たんたた♪ たんたた♪ たんたたたたた♫
どこからか間の抜けた鼻歌が聞こえてきて。
ようやくエンドロールが流れ出した。