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二十三話 街の名は

 

『タッくん、一人で行くん?』

「ああ、一人で行く」


 深夜、晩御飯を食べて皆が寝てから旅支度を終えた。

 魔王の大迷宮(ラビリンス)への道程は覚えている。

 この山からはそう遠くはない。


「魔物と遭遇しなければ十日もあれば辿り着く」

『うち、一日一回しか助けられへんで。あんまり無理したら意識なくなるねん。そんなんで大丈夫なん?』

「なるべく逃げるようにするよ。みんなを巻き込みたくないんだ」


 これは俺だけの問題だ。

 本当は魔剣カルナも置いていきたかったが、さすがに武器なしでは、旅立てない。


『しゃーないな、出来るだけ助けたる。魔物が近づいて来たら前もって教えたるわ』

「ありがとう」

『な、なんや、そんな真面目な顔で。タッくん、ちょっとおかしいで。いつものアホみたいな顔のほうが似合ってるで』


 カルナと小さな声で話しながら洞窟から離れていく。

 誰にも気付かれず、出発できたと思っていた。



「お出かけですか? タクミ様」


 昼間、獣人王ミアキスが日向ぼっこしていた大きな岩に、ゴブリン王が座っていた。


「ああ、ちょっと散歩に」

「そうですか。その散歩コース、先日、行かせて頂いたばかりです。よろしければご案内いたしましょうか?」


 確かに十豪会(じゅうごうかい)で勇者エンドが言っていた。

 ゴブリン王は魔王の大迷宮(ラビリンス)でアリスと会っていた、と。


「案内はいいよ。それよりレイアの……」


 アリスが手紙で伝えようとした、レイアのことを聞こうとしてやめる。それは今回の事と関係ないことだろう。


「いや、やっぱりいい。しばらく留守にするから、食料は好きにしていいとみんなに伝えてくれ」

「わかりました。いってらっしゃいませ、タクミ様」


 ゴブリン王に見送られ、洞窟を後にする。

 食料のことは心配だが、この騒動が収まってから考えよう。


『は、初めて二人きりやな。ちょっと緊張せえへん?』

「いや、全然」

『あーー、そうですかっ! そらそうですなっ! もう、知らんっ! うち、ねるっ!』


 頼みの綱の魔剣カルナがいきなり寝てしまう。

 というか、睡眠していたのか。新事実の発見だ。

 何故、怒っているのかわからないが、山を降りるまでは、そう危険もないだろう。

 しばらくは、そっとしておくことにした。


 山を少し降りたところで一度だけ振り向いた。

 ずっと一人で洞窟から離れず、のんびりと生きていくつもりだった。

 いつかまたそんな日々に戻れるのだろうか。

 そんなことを思いながら、山道を歩いていった。



 ちょうど夜が明ける頃に街に辿り着く。

 朝焼けが街を紅黄色に染めていた。


 俺がいたボルト山と呼ばれる小さな山。その麓にあるのがナットと呼ばれる辺境の田舎街だった。


 目の前には小さな農園がいくつも広がっており、朝早くから畑仕事をする人々がちらほらと見える。

 所々に建っている民家はどれも石造りで、街を覆う外壁にもレンガが積み立てられていた。


『あれ、街についたん? 久し振りやな、ナットの街』


 いつのまにか目を覚ましたカルナが呟く。

 そういえばカルナはこの街の武器屋で買われてきたんだった。


『あれ、タッくん、街に入らへんの?』


 入りたいのはやまやまだった。

 ここで食料や旅の装備などを調達しなければならない。

 だが、入り口にある街の看板を見た時から、足が一歩も動かない。


『あれ、看板かわってるやん。なんやこれ』


 カルナも気がついた。やはり、見間違いでないようだ。

 街の名前が書かれた看板。以前まで【ナットの街】と書かれていた看板の名前が変わっていた。


【タクミの街】


 そこには確かにそう書かれていた。



「タクミ様じゃ! タクミ様がおいでなすったぁっ!」


 こっそりと街に入ったが、最初に目が合った農家のおばあちゃんにいきなり叫ばれた。

 老体とは思えないほどの猛ダッシュで、街の中心部に消えていく。


 そこからは、あっ、と言う間だった。

 早朝だというのに、街人全員が集まっているのではないかというくらいの群衆に囲まれる。


「タクミ様、タクミ様っ。ゴブリンから街を救って頂きありがとうございますっ」

「これまでずっと山からオラ達を見守ってくれたこと、今まで気がつかず、申し訳ありませんっ」


 いや、救ってないし、見守ってない。


「これから年に一度、街の生娘を生贄に捧げようと提案しておりますっ。どうか、それで怒りを鎮めてくださらんかっ」

「いや、まったく怒ってないから本気でやめて」

「おおっ、タクミ様はなんと慈悲深いっ。皆の者っ、タクミ様はこれからも無償で我らを守って下さるそうじゃっ!」


 うおおおお、と歓声が上がる。

 皆がひれ伏して俺を拝んでいる。

 いや、いままでも守ってないし、これからも守らないから。


「す、すまないが、少し急ぎの用事があるんだ。二十日分の食料と旅の装備、あと簡単な盾を売ってくれないか?」

「売るなんてとんでもないっ。皆の衆っ。一刻も早く、タクミ様に食料と装備をっ!」

「いや買うよっ。買わせてくださいっ。お願いしますっ」


 ダメだ。ここでタダで貰ったりしたらとんでもないことになりそうだ。山に貢物なんてされたら、もうのんびり暮らせない。


「タクミ様、オラのとこのモウは元気かの? よければ、もう一頭いりませぬか?」

「あ、ああ。今はいい。それより何匹モウを飼っているか、ちゃんと数えておいたほうがいいぞ」


 モウを連れた牛飼いのおっさんが話しかけてくる。

 お前がくれたモウはゴブリン王だったよっ!

 そう叫びたかったが、混乱を招きそうなので我慢した。


「さすが、タクミ様。あの魔剣ソウルイーターを使いこなしているようですな」


 今度はちょび髭を生やした武器屋の親父が話しかけてきた。


「盾をお探しでしたらこちらはどうですかな。魔盾ビッグボム。一定以上の攻撃を受けると、使用者を巻き込んで巨大な爆発を起こし自爆します。大丈夫です。タクミ様ならきっと無傷で使いこなせるでしょう」


 使いこなせねぇよっ!

 なんでお前のとこはそんな危ない装備ばかり売ってるんだっ。てか、ビッグボムってなんだよっ!


「普通の盾でいい。あと、普通の革鎧も用意してくれ」


 残念そうな顔をする武器屋の親父。


「タクミ様、街の名産の稲俵を持っていってくだせえ」


 そんな重たいの持って歩けないよっ。


「タクミ様、うちの娘を貰っていってくだせえ」


 いや、それ稲俵よりある意味重たいよっ。


「タクミ様、タクミ様、タクミ様ぁっ」

「ひぃっ、に、逃げるぞ、カルナ」


 ロクな装備を整えることも出来ぬまま、俺は一目散に走り出す。


『タッくん、モテモテやなあ』


 やっぱり、外になんて出るもんじゃない。

 すべてが片付いたら絶対また山に引き篭もってやる。


 そう誓いながら、俺は逃げるように自分の名前がついた街を後にした。



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