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二百七話 1005

 

 アリスの拳から放たれた力が、空と宇宙の境界線にある銀円をぶち抜いた。


 終わりかけていた世界の崩壊がビデオの停止ボタンを押したみたいに、ピタッ、と止まる。


 いや、それどころか……


「……これ、全部止まってないか?」


 拳を突き上げたまま、微動だにしないアリス。

 その正面で腰を抜かして、バカみたいに口を開けて空を見ているアザトース。

 四神柱も、ヌルハチやレイアたちも、そして、アリスが持つ『彼女』ですらも、まばたき一つしないまま、人形のように固まっている。


『システムが壊れたからね。緊急メンテナンスに入ったんだ』


 突然、背後から声がして振り向こうとしたが身体が動かない。


 もしかして、俺の時間も止まってる!?


『そうだよ。でも僕らとアリスちゃんだけ意識が残ってる。宇宙最強の力が働いてるんだ』


 いつかどこかで聞いたことのある懐かしい声。

 でもそれが誰だったのか、霞がかかったように、ぼんやりとして思い出せない。


「……あの力は、俺が持っていたものだったのか」

『うん、ママがくれた力。でもタクミはそれを放棄したんだ』


 止まった時間の中。

 ゆっくりと記憶が蘇ってくる。


「そうか、いなくなって思い出せなくなったけど、ずっと側にいてくれたんだ」

『僕はお兄ちゃんだからね』



 赤ん坊の頃の。

 この世界に来る前の。

 遠い遠い記憶。


「わふっ」


 すべてが白く染まる中。

 もふもふした小さな身体が。

 ぎゅっ、と俺を抱きしめてくれた。


「……ここ、どこ? パパとママは?」

『ゲート。現実世界と異世界を繋ぐ狭間の通路だよ。パパとママはいない。僕たち二人だけなんだ』


 小さな暗いトンネルみたいな場所を、浮遊しながら高速で進んでいる。

 まわりには大小様々なたくさんの数字がひしめき、ビュンビュンとボクたちの横を通りすぎていく。


 わからないことだらけの中、それでも1番疑問に思ったのは……


「な、なんで、ボク話せてるの? それに君もっ!?」

『ママが与えた力の影響かな。精神アストラルが急成長してる。器からもれた力で、僕もその影響を受けたみたい』

「犬は成長したって、しゃべれないよっ!」

『いや声は出してないよ、直接脳で話してるんだ』


 の、脳で直接話す??


「ちょっと待って、さっきから、なんでなんでも知ってるの? い、犬だよね?」

『僕は神様だからね』

「か、神様!? 君、神様なの!?」

『うむ。僕が困らないように、ママが設定をつけたんだ。疑問に思ったことは、すぐに頭の中に送られてくる、なんでもわかるよ』

「じ、じゃあボクは、いったいなんになるの?」

『宇宙最強』


 いやいやいやいや。

 宇宙最強なんて、ボクの器じゃないよっ!


「今すぐ捨てていい? 宇宙最強、今すぐ捨てていい?」

『絶対ダメっ!! こんなとこに宇宙最強捨てたら、なにが起こるかわからないっ! どっちの世界も消滅しちゃうよっ!!』


 あ〜、も〜、宇宙最強いらないっ。


「君はいらない?」

『いらないよ。僕は神様なんだから。それに宇宙最強を収める事ができるのは、タクミ、君の器だけなんだ』

「いや、だから、そんな器じゃないんだって!」


 ボクの意志を無視して、ゲートをどんどんと進んでいく。

 このままだと宇宙最強の力を持ったまま、異世界に辿り着いてしまう。

 その時、ボクの横を通り過ぎた数字の一つが、ゲートの壁に当たって、がんっ、と落ちてひび割れた。


「ね、ねえっ、あれはなんなのっ!?」

『ああ、あれはバグだよ。異世界で必要なパーツになるはずだったのに、エラーで壊れてしまったんだ。すぐに消去デリートされるから気にしないで』


 え? 消えちゃうの?

 ただの数字だけど、なんかプルプルしながら立ちあがろうとしてるよ。


 ん? なんだ? ただの数字じゃないぞ。

 だんだんと文字が変形していく。


「と、止まってっ! ストップっ!!」


 高速でトンネルを浮遊していたが、止まりたい、と強く思うだけで、ピタ止まりすることができた。


『タクミっ、ダメだよっ! 途中で転送を止めたら時間軸がおかしくなるっ!』

「ちょっと、ちょっとだけだからっ」


 ゲートを逆行して、数字の近くまでやってくる。

 ヒビ割れた数字がプルプルしながらボクを見上げた。

 それはもう全然数字には見えなくて……


「この子、どこかでみたことない?」

『え? そんなはずないよ。こんなの無数に生まれるバグの一つに過ぎな…… ん? ちがう! ちがうよ! この数字っ!!』


 四桁の数字。

 1005。


『ママの誕生日だ。こっちに来れないから自分のコピーを作ろうとして失敗したんだ。それがバグになって、ゲートの中を彷徨ってたんだよ』

「じゃあ、この子、ママになろうとしているの?」

『ううん、初期段階で失敗してるから、別のなにかになろうとしてる。でも、力がないから人間になるまえに、このまま消滅していくよ』


 文字が崩れ、溶けていく中、人の形も作れない。

 なんだか、すごく可哀想だ。


「ねえ、この子に力をあげたら、消えなくなるんじゃない?」

『無理だよ。そんな壊れかけのバグが、宇宙最強の力を受け止められるはずがない。絶対すぐに爆発しちゃうよ』


 ヒビ割れた亀裂がだんだんと大きくなり、数字は今にも崩れてしまいそうだ。

 手を差し出すと、ゆっくり震えながら、数字の先っぽがボクの指先に触れた。


「生きたい、よね」


 ぎゅっ、と。

 ボクの指に弱々しい。

 それでも必死の力が伝わった。


 あげたいな、ぜんぶ。


 そう思った瞬間に、あたたかいものが身体の奥からあふれてくる。

 いや、あたたかいどころじゃない。


「これ、あっついっ! あちちちちちっ、あついあついあついあつーーーいっ!!」

『ダメだっ! 宇宙最強が爆発するっ!!』


 身体の穴という穴から、目も開けられないような燦爛さんらんたる光が放射され、すべてがそれに飲み込まれる。


 何も見えない白い世界に取り残された。


 そんな中、ここに来た時と同じように。

 いや、違う。

 もっともっと強い力で。

 もふもふした小さな身体が、ボクを守るように、包み込むように。


 ぎゅっ、と全力で抱きしめてくれる。


「キャラメルっ!!」

「わふっ!!」


 カッ、と光が膨張して。


 現実世界と異世界を繋ぐゲートが消滅した。




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