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二百六話 並び立つ宇宙

 

 無限に力があふれてくる。


 いままでワタシは、この力を持て余していた。

 あふれてくる力を、ただ、そのままに放っていた。

 壊れた、ダダ漏れの蛇口のように。

 放出する力で、ただ目の前にあるものを殴っていただけだった。


 でも今は違う。

 子供に戻り、力を失ったことで、力の流れを知ることができた。

 蛇口の先にホースをつけて出力を調整するように。

 ワタシは自らの力をコントロールする術を身につけた。


 アザトースが呼び出した四凶が、『彼女』の首を取り戻そうと襲ってくる。

 時が止まったみたいにスローモーションだ。

 力の流れが手に取るように分かり、それぞれにどれくらいの力を加えれば破壊できるか瞬時に理解した。


 一呼吸もいらない。

 流れに逆らわず、拳をそこに置いてくる。


「「「「ぼんっ」」」」、と四つの音が重なった。



 やっとわかったよ、タクミ。

 力の本質を知り、それが誰のものだったか、ようやく理解する。

 ワタシは最初から人類最強なんかじゃなかった。

 この力は、タクミの……


「……『彼女』をかえせっ、アリスっ!!」


 玄武に乗ったアザトースから、闇が溢れ出し、すべてが黒く染まっていく。


「やめたほうがいい。あのときとは違う」※


 怒りに任せ、闇を紅く染め、全てを壊せば勝てると思っていた。

 そうじゃないよね、タクミ。

 この力はそんなふうに使っちゃいけない。


 再び闇の濁流がワタシに向かって放たれた。

 何も見えない。聞こえない。感触や匂いすら、そこにはない。

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。

 闇の中で五感のすべてが奪われた。


 でも全部わかる。

 今度はもう絶対に間違わない。


 普通に、お家に帰るみたいに。

 闇の中を歩いていく。

 何もない場所でも、ハッキリとタクミの笑顔が見えていた。


 とん、とアザトースのオデコに人差し指の先が触れる。


 パァンっ、とワタシを覆っていたすべての闇が、大きな破裂音と共に砕けちった。



 オデコにワタシの指先をつけたまま、アザトースは動かない。


「……その力はなんだ?」

「わからないの? タクミの父親で、創造主なのに」

「この世界の限界値を遥かに凌駕し、バランスが崩壊している。バグだとしても有り得ない。……私はそんなもの、作っていない」

『そうね、それは私が作ったものだから』


 その声は、左手に持った首から聞こえてきた。


「……死んだんじゃなかった?」

『死んでるわ。あの子に気を取られたとはいえ、あなたの攻撃をなかったことにできなかった。かろうじて、意識だけを残した状態。幽霊みたいなものかしら』


 ねじ曲がっている。

 すべての力を感じる中で。

『彼女』の力だけは、世界の枠からはみ出し、いびつなまでにねじ曲がっている。


「つ、作った? お前がアリスを作ったのか?」


 ワタシの指先が触れたまま、アザトースが『彼女』に質問する。


『違うわ。その力は私が匠弥の器に入れたもの。宇宙最強の力。それが全部、アリスに渡ったみたい』


 そうだ。ワタシの中に流れる力は全部タクミがくれたものだ。


「せ、聖杯の中に入れたのかっ!? 世界の臨界を越える力をっ!!」

『ええ、そうよ。そこに隠してしまえば、あなたでも見つけることができないから。……でも、思い通りにはいかなかった。あの子はいなくなってしまうし、匠弥の器は空っぽになって、宇宙最強を持った異物、アリスまでもが誕生してしまった』

「……だから全部リセットして、最初からやり直そうというのかっ」


『彼女』の首から、凶々しい瘴気が漂ってきた。


『そうね。でもチャンスは与えてきた。匠弥がアリスよりも強くなれば、あの子を見つけてくれれば、私は世界を壊そうとはしなかった』


 歪曲した力が渦を巻いて、時間を加速させている。

 空に走った亀裂がビキビキと広がり、そこから何もない虚無がのぞいていた。


「首を渡せっ、アリスっ! 世界が終わるっ!!」

「終わらないよ」


 力の流れはわかっている。

 全ては空と宇宙の境界線。 

 あの銀円に繋がっている。


 アザトースのオデコにあった指先を曲げて、拳を握りしめた。

 ホースの先をぎゅっ、と絞る。

 力が一点に集約し、拳からキュイィィンッと、なにかを吸い上げるような音が響いた。


「………………っっ!!?」


 アザトースの叫びは声にならない。

 そのまま、ぺたん、と尻もちをついて空を見上げる。


『……完璧パーフェクトね』


 感嘆か、賞賛か。

 吐息のような『彼女』の声は、はじめて本心を語ったように。

 歪曲せず、真っ直ぐに伝わった。


「いくね、タクミ」


 いままで届かなかった場所へ。

 タクミの隣へ。


 宇宙そらに向かって、拳を突き上げ。

 ワタシの全部すべてを、思いっきり解放する。


「うぁあぁああぁぁあぁァアアァアアアア嗚呼ァっ!!!!!」


 生まれ落ちた瞬間を思い出す。


 慟哭と共に。

 拳から放たれた力は。

 一本の光となり。

 高度100kmのカーマンラインを超えて。

 銀円まで一直線に、線を描く。


 ボッ、と小さな音がして、銀円の中心に穴が空いた。


 それでも線は止まらずに、反対側を貫いて、遥か先まで描き続ける。


 宇宙に果てがないように。


 どこまでも、どこまでも、タクミの力は終わらなかった。


 

※ アザトースとアリスの最初の戦闘エピソードは、「第四部 四章 百二十六話 紅い闇」をご覧になってみて下さい。


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