二百三話 サービス終了
「と、とれてる」
あまりのことに思考が追いつかない。
圧倒的ラスボスとして、無敵を誇っていた『彼女』の頭を、アリスが鷲掴みにしている。
変装のため着ていたゴブリン王の抜け殻は、ボロボロになって脱ぎ捨てられていた。
もみくちゃになってわからなかったが、どうやってアリスは『彼女』の頭を引っこ抜いたんだろう。
急速に成長していったアリスの力は、『彼女』にも予想外だったのか?
運がよければ、アリスを元に戻せるかもしれない。
俺が考えていたのは、それくらいだった。
それが、まさか、いきなり完全決着してしまったのか?
「い、いや、ラスボスは倒したと思っても、変身して復活するパターンがほとんどだった。……もしかして『彼女』も」
「さすが、タクミさんっ、私たちが知らない間に、いつのまにか大量のラスボスを倒しまくっていたのですねっ!」
「よ、よくわかったな、その通りだ」
うん、ゲームの話だけどね。
だいたい人間タイプのラスボスは、第二形態や第三形態に変わるんだけど……
恐る恐る近づいて、頭のない『彼女』の身体を魔剣カルナでつんつんする。
ピクリとも動かない。どう見てもこれは、ただのしかばねのようだ。
「ちゃくみ、これ、すててよい?」
「あ、ああ、そうだな。ちゃんと埋めてあげようか」
目を閉じた『彼女』の顔を覗き見るが、やはり動く気配はない。
本当に、本当に、これで終わっちゃったの?
「あ、ありぇ? ちゃ、ちゃくみぃっ」
「ど、どうしたっ、アリスっ!」
突然、『彼女』の頭を落とし、アリスが地面にうずくまった。
「や、やっぱり『彼女』が蘇ったのかっ!?」
「ち、ちゃうっ、これっ、ありしゅっ、もとに、もどりゅっ!!」
「うええええええっっ!!」
小さかったアリスの身体が急速に成長していく。
間違いない。『彼女』が亡くなって、書き換えたものが元に戻っていってるんだ。
「ああっ、嬉しいけど、ちょっと名残りおしいっ、ア、アリスっ」
うずくまりながら、アリスが俺のほうをチラ見する。
すでにもう、幼い面影はほとんど消えていた。
なにか声をかけたいが、特に何も浮かばず……
「か、かわいかったぞ、子供アリスっ」
「あいがと、バイバイ、ちゃくみ」
最後の笑顔は、完全に子供アリスの笑顔だった。
『彼女』の死と、アリスの復活。
だが、それだけでは終わらなかった。
かちんっ、かちんっ、と時計の針が動くような音。
それがどこからともなく、聞こえてくる。
「え? なに? 誰か時計持ってきた?」
まだ意識がハッキリしていないアリスを覗いた全員が、首を横に振る。
かちんっ、かちんっ、という音は鳴り止まない。
まるで、頭の中で鳴っているみたいに。すぐ近くから。
「なんだこれ? みんなも聞こえているのか?」
今度はみんなが揃って頷く。
異質で、異常な、何かを察しているのか。
『彼女』を倒したというのに、全員、警戒体勢を解いていない。
「カウントダウンだ」
突然、隣の男がつぶやいた。
さっきまでいなかったはずなのに、まるで最初から俺の隣にいたように、その男はそこに立っている。
「カウントダウン? いや、てか誰だよっ、あんたっ!?」
「……もうすぐ思い出すよ、その前に世界が終わらなかったら、な」
何を言っているのかわからないが、この男、確かにどこかで見たことがあったような……
思い出そうとしていると、今度は、びきっ、と何かにヒビが入るような音がした。
かちんっ、かちんっ、と針の音も止まらない。
それどころか、どんどんと早くなっている気もする。
「あれ? なんか空、おかしくない?」
空に巨大な稲妻のような枝分かれした亀裂が走っていた。
ま、まさか、さっきのびきっ、って……
「いやいやいや、空が割れるなんて、まさか、そんな、ねぇ?」
「割れてるよ。崩壊がはじまったんだ」
なぜか、仲間たちより、見知らぬ隣の男に尋ねてしまう。
まるでそうすることが自然のように。
ずっと昔から一番頼りにしていたように。
「この世界は『彼女』と連動している。『彼女』が停止すれば、24時間以内にすべてのサービスが終了するんだ」
「ええっ!! なにそれっ!? まるでオンラインゲームの打ち切りじゃないかっ!!」
向こうの世界で、めちゃ課金したゲームが終了したときの悲しみがフラッシュバックした。
どれだけレベルを上げても、どれだけアイテムをあつめても、どれだけ仲間を増やしても、サービスが終了してしまえば、そのすべてが消失する。
「そ、そんな馬鹿なことってあるかっ! ものすごい奇跡に信じられないような奇跡が重なって、刹那の確率で『彼女』を倒せたんだっ! その報酬が世界滅亡なんて、あり得ないだろっ!?」
「あり得るんだよ。なんでもありだからな。彼女が死ぬと、世界も終わる。ゆえに復活せざるを得ない。ゆえに絶対無敵だ」
「復活? 復活なんて、どうやって……」
ふわっ、と紅い羽が一枚、上空から舞い落ちてきた。
地面に触れた羽が、ぼっ、と燃えあがると、辺り一面が紅い光に包まれる。
「きたぞ、全ての生と死を管理する最重要システムが」
顔を上げると、ひび割れた空に、十二枚の翼を広げた巨大な紅い鳥が、もう一つの太陽のように燃えながら輝いている。
「……ス、スーさん」
もう『彼女』の肩にのっていた小鳥の姿じゃない。
本来の神の姿、四神柱の朱雀が降臨する。
そうか、だから俺の元から去り、『彼女』のそばに寄り添っていたのか。
『ただいま、タクちゃん』
スーさんは翼を交差させ俺を包み込み、ゆっくりと背後に舞い降りた。




