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二百二話 壊れた人形

 

 成功する確率はどれくらいだっただろうか。

 限りなくゼロに近い。いや、もしかしたら完全にゼロだったかもしれない。


 入れ替わって混乱させたぐらいで、『彼女』と戦うなど正気の沙汰ではなかった。


 それなのに、みんなは何も言わずついてきてくれる。

 いい年こいたおっさんが小さくなって金髪のカツラをつけているのに、何も言わないでいてくれた。


 静かな足音が止まり、『彼女』が俺たちを視認する。

 べったり、とまとわりつくような深い闇が、ふわっ、と一瞬揺らいだのがわかった。


「いまだっ! いくぞっ!!」


 一斉攻撃。

 アリスの格好をした俺の声に、みんなが同時に突進する。


「ふっ」


 と、『彼女』の口から笑みがこぼれた。

 無様な俺とリックの変装が効いている。 


 ヌルハチの着ていたボンテージふうの黒服を無理矢理きただけのリックが『彼女』に杖を振り下ろす。

 だが、それが当たる前に、その手から杖がなくなり、さらに着ていた服まで弾け飛ぶ。


多邇具久たにぐくっ!」


 その隙にカエルの神を降ろし、大きくジャンプした。

 しかし、空中に飛んだはずなのに、がんっ、となにかに頭をぶつける。


「なっ! じ、じめんっ!?」


『彼女』の能力で、天と地が逆転したのか。

 地べたにはいつくばりながら、『彼女』を見上げる。


 やはり、見え見えの変装をした俺とリックは、即座に対処された。だが、勝負はこれからだ。


 正面から俺に変身したゴブリン王が。

 右からリックの鎧を着たサシャが。

 左から幻影魔法でサシャに変身したヌルハチが。

 そして、背後からゴブリン王の着ぐるみを着たアリスが。


 前後左右から全力で『彼女』に襲いかかる。


「……暑苦しいわね。人混み、嫌いなの」


 誰が誰かなど、気にする必要などなかったのか。

 一瞬の隙など、無意味だったのか。


 目の前にいたはずの『彼女』が、一瞬でリックに入れ替わった。

 瞬間移動じゃない。瞬時に位置を書き換えたんだっ!!


「えっ!? ちょっ、まっ、とまっ……!!」

「「「「!?」」」」


 四人とも『彼女』に当たる寸前だった攻撃を止めることができない。

 ばきっ、どこっ、ぐしゃ、めきゃ、とリックが全力の一撃をくらってボコボコにされている。


「……騒がしいのも嫌いだわ」


 ひややかな瞳で『彼女』が俺を見下ろしている。

 すべてがおわた。

 そう思った時だった。


 巨大な黒い物体が空を覆い尽くす。


 どんっ、という音と共に、それは俺たちの目の前に舞い降りた。

 ブラックドラゴン。

 漆黒の翼と鱗に覆われた身体、鉤爪をそなえた巨大な脚に棘がついた長い尻尾、そして鋭く紅い瞳が『彼女』を見据える。


「ガアァアあああァアァアっアアァアっっ!!」

「ク、クロエ? ドラゴンに戻れたのかっ!」


『彼女』の頬がぴくっ、と動く。

 自分の能力が破られたことに、わずかに動揺したか。

 再び生まれた隙を見逃すわけにはいかない。


「も、もう一度だっ!!」


 再び、四人が、いやボロボロになったリックまで、再び、『彼女』に向かっていく。

 さらに、ブラックドラゴンのクロエが『彼女』に向かって巨大な炎の塊を噴射する。


 今度は入れ替わらないっ!

 やはり連続で同じ書き換えは使えないんだっ!


「……イレギュラーか。どれだけ完全に構築してもバグは生じるものね。いいわ、今度は綺麗に消してあげる」


 いつのまにか、『彼女』の右手に見たことがある剣が握られていた。


 あ、ありえないっ!

 あれは冒険者時代にヌルハチに買ってもらい、アザトースとの戦いで壊れたはずの、聖剣タクミカリバーっ!!


 ひょい、と軽く振っただけだった。

 それだけで、クロエが放った炎の塊が真っ二つに割れて消失する。

 さらにその剣圧だけで、『彼女』に向かっていた五人が大きく後ろにのけぞった。


 な、なんだよ、それ。

 タクミカリバーは聖剣なんかじゃない。

 アリスが使っていたから、そう呼ばれるようになっただけの、ただの凡剣だ。


 そんなものまで、書き換えたのかっ!?


 あまりにも遠い、『彼女』への距離。

 アリスたちの変装が見破られるのも時間の問題だ。

 もう、残された攻撃手段は……


「うおりゃあぁあるるるるぁぁあぁっ!!」


 それは俺も、いや『彼女』にすら予測できなかった攻撃だった。

 ドラゴンになったクロエの頭上。

 そこからとんでもなく巨大な剣を持った何者かが飛び降りてきた。


「レ、レイアっ!?」

「タクミさぁぁあぁん、修行の成果を見てくださぁいっ!!」


 飛び降りざま、明らかに自分の身体よりも大きい剣を、『彼女』に向かって振り下ろす。


 がいんっ、と『彼女』がそれをタクミカリバーで受け止めたが、その重みに、ズシンっ、と足元がわずかに沈む。


宇古呂毛知ウゴロモチっ!!」


 見逃さないっ、おそらくこれが最後のチャンスだ。

『彼女』が立つ地面の土をモグラの神で柔らかくする。

 ずぶっ、とその足が膝下まで埋まっていく。


 1/1000000000000000000。

 刹那せつなの確率がそこに生まれた。


『彼女』を倒せなくていい。

 ただ、ほんの少し、動揺してくれたら。

 アリスの書き換えを間違えてくれたら。


「ファイヤーボールっ!」


 地面に伏せたまま、ヌルハチに教えてもらった魔法を詠唱する。

 柔らかくなった地面にファイヤーボールが、どごんっ、と当たり、『彼女』を包み込むように大量の砂埃が舞い上がった。


 正真正銘、最大にして最後の攻撃。


 クロエとレイアを加えた8人が、『彼女』に向かって一斉攻撃を繰り広げた。



 ……どうしてこうなったのかはわからない。


 だけど、それはあまりにも予想以上で、あまりにも予想外で。

 鮮血に染まった光景を、ただ呆然とながめてしまう。


「ちゃ、ちゃくみ」


 それはまるで、子供が間違っておもちゃの人形を壊してしまったかのように。


「とれちった」


 アリスが『彼女』の頭を引っこ抜いた。


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