二百一話 セーブとロード
「……あなたの望む世界を私が作ってあげるわ」
その言葉を残し、『彼女』はすっ、とその場を離れた。
ここにはいない、アリスとゴブリン王を探しにいったのか。
「と、止めなくていいの?」
「大丈夫、ゴブリン王なら簡単には捕まらない……はずだ。サシャはヌルハチとリックを回復してくれ」
どのみち俺には『彼女』を止めることはできない。俺に今、できることは……
「……俺たちは戻ってきた『彼女』を迎え撃つ」
「え、ええっ!? 『彼女』をっ!? そ、そんなこと……」
「まともに戦うわけじゃない。試したいことがあるんだ。……うまくいけば、アリスを元に戻すことができるかもしれない」
うまくいく確率はかなり低い。
だが、それでも『彼女』を倒せる可能性があるのは、元に戻ったアリスだけだ。
「……俺たちが手も足もでなかったのに、か。その話、詳しく聞かせてもらおうか」
サシャの回復魔法が効いたのか、リックが頭を振りながら起き上がってきた。
ヌルハチも意識は戻っているようだが、まだ起き上がるまでは回復していないようだ。
「うん、ここに来る前からもしもの時に備えていたんだ。まずはこれを見てくれ」
背負い袋の中から、あるものを取り出す。
あの時の襲撃以来、まったく役に立たず、ただ洞窟に置かれていた、あの物体を。
「……なんだそれ? もしかしてジャスラッ君の脱皮した抜け殻か!?」※
そう、ゴブリン王が洞窟を襲撃した時に、残していった置き土産だ。※
「これを着れば誰でもゴブリン王に変身できる。そしてゴブリン王が帰ってきたら、またパーティーの誰かに変身してもらうんだ」
「入れ替わるのか? ゴブリン王と? いやいや、まて、タクミ、そんなことで『彼女』を誤魔化せるわけがないだろ」
「それだけじゃない、これも見てくれ、リック」
さらに背負い袋から、銀色の鎧装備一式を取り出していく。
「……これはっ! お、俺が昔、装備していた魔装備か!?」
「ソッちんに頼んで作ってもらったレプリカだから、本物の魔装備じゃないけどね。装備したら昔のリックみたいに見えるだろ?」
「俺も入れ替わるのか?」
こくん、と頷いて、まだ座っているヌルハチに視線を送る。
「ヌルハチも幻影の魔法で外見を変えれるかな?」
「ふむ、できんことはないが、ゴブリン王のように精度は高くないぞ。『彼女』なら数秒で見破ってくる」
「それで充分。ほんの少し、ちょっとだけ混乱させればそれでいいんだ」
向こうの世界でやったゲームからヒントを得た。
「……もしかして『彼女』の能力がわかったのか?」
「全部じゃないけどね。『彼女』がルシア王国の女王になったことで能力の片鱗が見えてきたよ」
この世界を作ったはずのアザトースが、『彼女』にはまるで手も足もでない。
「すべてを作った創造主を超えられるのは、それを変えれるものだけだ。元からあったことをなかったことに、なかったことをあったことに。俺はそんな出来事を向こうの世界で体験してきた」
「ほほぅ、ただ向こうで遊んでたわけじゃなかったのじゃな」
「う、うん、そ、そうだよ、あ、当たり前じゃないか」
ヌルハチには聞こえないように、「……ゲームなんだけどね」と小さくつぶやく。
そう、あっちの世界でハマっていたRPGでは、選択に失敗したらセーブしていたところまでロードしてやり直すことができたんだ。
仲間を変えたり、武器を変えたり、職業を変えたり、やり直すうちに最善の選択を知ることができ、どんなに強い敵でも倒せるようになっていた。
「アリスを子供に変えたり、当たっているはずの攻撃を避けたり、ルシア王国の女王に取って代わったり、『彼女』は、自分の気に食わない事は思い通りにいくように、すべての事象を書き換えているんだ」
セーブとロードに似たような能力を使って。
「それが正解ならば、それは無敵の能力じゃぞ。変装して入れ替わったくらいで対抗できるものなのか?」
「……わからないよ。でも、やり直すのって結構混乱するんだ。いっぱいセーブポイント作ってたら、どれがどれかわからなくなったり。俺たちが入れ替わっていたら、一瞬でも迷わせたら、間違ってくれるかもしれないだろ? やり直しを」
子供になったアリスのやり直しを間違えて、元に戻してくれたなら。
さらに『彼女』が同じ相手に対して、連続でやり直すには時間がかかるなら。
万に一つ、いや億に一つくらいは、勝てる未来があるかもしれない。
「あーー、ちゃくみだっ」
「……はぁはぁ、み、みなさん、早く逃げて下さいっ! なにをしているんですかっ!?」
絶妙のタイミングで、アリスとゴブリン王が帰ってくる。
『彼女』から逃れて戻ってきたことが、すでに奇跡だ。
何か、何か見えない大きな力が働いている。
本当に、うまくいくかもしれない。
言葉にすれば、浮かれてしまいそうで、心の中だけにとどめておく。
「神降し、蕗乃葉下住人」
小人になる神を降ろし、アリスと同じくらいの大きさに調整した。
「ちゃくみ、こどもになたっ」
「うん、これから俺はアリスのフリをする。アリスはこれを」
「ぎやっ! やだやだやだっ! ぬけがらきもちわるいっ!!」
ゴブリン王が悲しい顔をしてるよ。そこまで全拒否しないであげて。
「ゴブリン王は俺に変身してほしい。サシャはリックの鎧を装備して、ヌルハチはサシャに、リックはヌルハチに変装してくれ」
何言ってんだ、コイツは?
みたいな目で見られたが、みんな指示に従ってくれる。
外見だけなら、俺とリックをのぞいて、皆、完璧に近い。
「お、おい、俺たちだけ完全に浮いているぞ、タクミっ」
「それでいいんだ、リック。完璧な変装をしているみんなの中で、こんなみえみえの変装した奴が混ざってたら、逆に怪しく感じるだろ?」
「そ、そんなものなのか」
ざっざっ、と静かな足音がゆっくりと近づいてきた。
べったりと、まとわりつくような深い闇が、辺りを黒く染めていく。
「ちゃあ、みんなっ、がんばりゅぞっ!」
すん、としたみんなの目に負けることなく、俺は全力でアリスの真似をした。
※ ゴブリン王の抜け殻をもってくるお話は、「第一部 三章 十六話 魔剣さんの秘密」を
※ ゴブリン王の抜け殻がずっと洞窟にあって、リックが関わってくるお話は、「第二部 二章 四十八話 守られる約束」をご覧になってみてください。




