二十二話 魔王の確率
「どうされたのですか? タクミさん」
晩御飯の準備中にレイアが心配して話しかけてきた。
いつもご飯を作る時だけは集中できるのに、上の空だったからだろう。
「なんでもない。ちょっと考え事をしていたんだ」
「そうですか。タクミさんの事ですから、きっと私などには、思いもつかない壮大な考えを巡らせていたのですねっ」
「うん、よくわかったな、その通りだ」
いつものセリフにも気合が入らず棒読みになる。
原因はわかっている。
アリスだ。
彼女がギルド陣営で参加する事に、戸惑いと衝撃を隠せない。
「なあ、アリスは……」
レイアに話しかけようとしてやめる。
たぶんアリスの考えは誰にもわからない。
十年前、何故、俺にだけアリスが懐いていたのか、どうして史上最弱の俺を史上最強だと勘違いしているのか、全ては謎のままだ。
「なんですか? アリス様がどうかしましたか?」
「いや、なんでもないんだ」
キョトンと俺を見るレイアをまじまじと見る。
彼女が魔王である可能性はどれくらいだろうか?
神降ろしというレイアの技は、その身体に古の神を宿らせる。
もしかしたら知らぬ間に魔王をいれちゃったりしてないか?
そもそもアリスはどうして、レイアを俺の元に送ったのだ?
十年前、俺がダンジョンでアリスを保護した時、そこに魔王もいたとしたら、アリスと魔王は……
「え、えっと、タクミさん。あ、あまりじっ、と見られると、そ、そのっ」
「あ、ああっ。すまないっ」
真っ赤な顔になったレイアから目をそらす。
レイアが魔王である確率はかなり高いように感じてしまう。10段階でいえば、7くらいか。
「あ、あの、何か顔についてましたか?」
「な、なんでもない。ちょっと顔を見たかっただけでっ、い、いやっ、違うぞっ。そういう意味ではないぞっ」
お互い、もう顔を見れずにうつむいてしまう。
そんなレイアを見ていると彼女は魔王ではないと思えてくる。
いや、俺がそう信じたいだけかもしれない。
「居飛車穴熊とは、渋いですね」
「……そのゴキゲン中飛車、止めてみせるぞ」
朝から晩までずっと将棋をしているリックとゴブリン王を見る。
リックとは積もる話もあるはずなのだが、まったく会話していない。
サシャやバッツはどうなったのか、あれからもヌルハチとパーティーを組んでいたのか。
将棋中に話しかけても、リックは無言でうなづくだけでちゃんと聞いてくれない。
「……王手飛車取りだ」
「うっ、その手、待ったはできませんか? リッ君」
「……待ったなしだ。ジャスラッ君」
なんだよっ、リッ君、ジャスラッ君ってなんだよっ。超フレンドリーじゃねえかっ。
ちょっと二人に嫉妬してしまう。
まあ、この二人が魔王の確率はかなり低いだろう。
ゴブリン王が2、リックが3ぐらいか。
「どうだっ、俺様の剣撃はっ。一撃で岩をも砕き、天地を揺るがす、この力っ」
「うるさいにゃ。黙ってやれにゃ」
なんやかんやでずっと一緒にいる狂戦士ザッハと獣人王ミアキス。
こっちも結構仲良くなってない?
ミアキスは魔王でないことはわかっている。
さすがに魔王もザッハの中に入るのは嫌なんじゃないか?
ザッハの確率は限りなくゼロに近い1といったところだ。
後はチハルか。
洞窟で寝ているチハルを覗きに行く。
幸せそうに藁の中で丸くなっている。
チハルのことを考える。
怪しさで言えば一番怪しいのはチハルかもしれない。
たまに見せる大人の人格。
あれはもしかしたら魔王の人格ではないのだろうか。
「むにゅ、ちゃくみ、いぱいちゅき」
チハルが可愛い寝言を言いながら笑みを浮かべる。
うん。チハルが魔王とか嫌だな。確率を8から4に減らす。
残った六人のうち、五人の魔王確率はこんなものだ。
そして、最後の一人。
「なあ、カルナ。俺の中に魔王が入っている確率はあるのか?」
魔剣カルナに尋ねる。
そう、最後は俺自身だ。
『タッくんの中に魔王が入ってる確率は完全にゼロやわ。普通の人間にある器がタッくんには存在せえへん。空っぽやねん。力も精神体も、器がないとそこに留まることが出来ひん』
「……そうか」
嬉しいような悲しいような、しかし、これで残りは11人に絞られる。
「カルナはミアキスが感じた魔王の気配、感じる事が出来たか?」
力を吸い取る能力を持つ魔剣カルナは、力の気配にかなり敏感だ。
『十豪会の時、ほんの一瞬、力の揺らぎは感じたわ。でも、それが誰が出したもんかはわからんかった。それくらい小さな気配やったで』
やはりそうか。
魔王はわざと小さな気配を出したのだ。
ここにいることをミアキスに知らせる為に。
その目的は、たぶん、俺を魔王と勘違いさせる為だ。
疑惑が確信に変わる。
俺は魔王に嵌められている。
『タッくん、なに考えてるん?』
「……」
カルナに答えることができなかった。
魔王が何故、俺をこんな目に合わせるのか?
いや、そもそも俺と魔王には、なんの接点もないはずだ。
一つだけあるとすれば、十年前、アリスを拾ったダンジョンに魔王もいたかもしれない、ということだ。
始祖の魔王。
その本当の姿は、四天王であるミアキスでさえ見たことがない。
俺は知らないうちにその魔王と出会っていたのか?
大きく息を吸って、大きく吐き出した。
「この山から動く時が来たのかもしれないな」
アリスの想い、そして魔王の思惑。
すべての答えは、やはりあの場所にあるのだろう。
アリスと出逢った魔王の大迷宮に。




