閑話 彼女とゴブリン王
逃げることだけは誰にも負けない。
自分の力を遥かに卓越したものから、ずっと逃げ続けてきた。
過去に逃げきれなかったのは一度だけ。
そして、その存在も、今は……
「ありしゅ、ちかれたよ」
「……我慢してください。ヌルハチとリッくんが時間を稼いでる間に少しでも距離を稼がないと」
「むむぅ」
……今は非力な子供に変貌を遂げている。
(見捨てていけば、逃げ延びる確率は高くなるが、もし元に戻ったらその時が恐ろしい。まったく、アリス様には困ったものです)
『彼女』が突然現れる数刻前。
これまでに感じたことのないような、怖気立つような悪寒が全身を包み込んだ。
ヌルハチとリッくんが、数秒遅れて身構えた時には、もうアリス様の手を引いて、その場を離れて走っていた。
なぜ、一人で逃げ出さなかったのか?
子供になったアリス様と思い出せない何かが二重って見えるが、それが何かはわからない。
「手を離さないで下さい。姿を消しますので」
「ほぅ、鬼ごっこじゃなくて、かくれんぼだっ」
せめて、アリス様が元のままだったら、この状況を回避できたかもしれない。
「カメレオンフェイクっ」
僕とアリス様の全身を透明化させて、周りの景色と同化させた。
こんなものただの気休めにしかならないが、何もしないよりはいいでしょう。
「……ヌルハチとリッくんの気配が消えた。追ってくるっ、いやちがうっ、また新しい気配がっ」
このタイミングでやって来るのか。
さすが、というべきか。
やはり、あの男、タクミ様の力は計り知れない。
ほとんど動かなかった『彼女』の感情が、ほんの少しだけ揺れ動く。
どれだけ離れていても、常に強敵の顔色を伺って生きてきた僕には、小さなオーラの揺らぎすら見逃さない。
タイミングは今しかないっ。
「量産型脱皮式連弾人形っ!!」
「ごぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶ」
大量のゴブリンダミーを作り出し、ボルト山中に撒き散らす。
『彼女』の気が逸れた今なら、少しくらい目眩しに使えるはずだ。
ほぼ0だった確率が1程度にちょい上がる。
「わぁ、ぶちゃいく、いぱいっ!」
「黙ってて下さいっ、舌噛みますよっ、三十六計逃げるに如かずっ!!」
残ったすべての魔力を込めて加速する。
少しでもタクミ様に気を取られている間に、少しでもゴブリンダミーに気を取られている間に。
ボルト山を抜けきれば、逃走の可能性はさらに上がるはずっ。
「すごー、はやいはやいっ」
手を引いているアリス様の足が地面から浮いていた。
これまでにない超加速で、いっきに麓まで駆け抜ける。
「このまま突っ走りますっ!」
いけるっ、と思った瞬間だった。
ごんっ、と大きな音が響いて、頭に強い衝撃が走る。
気がつけば、のけぞりながら後方に吹っ飛んでいた。
「結界っ!? ……や、やられましたね」
「でられないの?」
おそらくは『彼女』が作った強固な結界。
こんなものを破れるのは、ちゃんと元に戻ったアリス様とタクミ様くらいだろう。
いや、もう一人。
そうだ、僕は昔、同じような状況で助かっている。
古代龍が作った結界。※
確か、あの時、あれを破ったのは……
ざっ、ざっ、とゆったりとした足音が近づいて来た。
遊びの時間は終わったらしい。
表面上は穏やかで、春の日差しのような『彼女』の内部は、これまでに見た、どんな闇よりもドス黒い。
「時間を稼ぎます。アリス様はタクミ様のもとへ行って下さい」
「かくれんぼ、おしまい?」
にっ、と笑って、アリス様の頭をなでる。
いつか復活してくだされば、僕の仇をうってくれるだろうか。
「また、あそびましょう」
たたたたたっ、と山を登っていくアリス様に手を振って見送り、大きく息を吐く。
逃げるのに、ほとんどの魔力を使い果たし、もう戦う力は残っていない。
「あら? もうあきらめたのかしら」
いきなり、眼前に現れた『彼女』に、びくんっ、と身体が硬直する。
「……少し休憩ですよ。……お待ち頂けたら、また頑張りますが」
満面の笑みで、それに応える『彼女』。
「それは無理ね、長い間待ってたのよ。本当に本当に長い間……」
ドス黒い闇がグルグルとうねりをあげながら、僕の身体にまとわりつく。
「……もう、我慢できないの。引きずり出して、直接のぞかせてもらうわね」
なりふりかまわず。
その狂気を隠そうともしない。
破顔した笑みを浮かべたまま、『彼女』は僕の頭、いや、その中にある脳に、ゆっくりと手を伸ばす。
「……これが」
生まれてから数千年。
どんなに強大な敵を目の前にしても、恐怖で動けないなんてことはなかった。
その僕が指先一つ、動かすことができない。
「……これが、本当の絶望なのか」
『彼女』の指先が、額に触れて、そのまま、ずぶすぶと中に入っていく。
その時、背後で僕を呼ぶように、壁を叩く音がした。
景色が砕け散るように、世界が砕け散るように、
ぱりんっっっ、と大きな音を立てて、結界が弾け飛ぶ。
「な、なんで? まさか、私のこと忘れたの……?」
まるで別人のように、僕の頭に指を入れたまま、『彼女』が馬鹿みたいに大口を開けて固まっていた。
君はいつも、僕の大ピンチにやってきてくれる。
指が抜けて、振り返った時にはもういない。
かすかな温もりだけを残して、砕けた結界が雪のように降り注いでいた。
※ 古代龍の結界のお話は、第六部 三章「百九十五話 幻喰」に載ってます。
お忘れの方はよかったらご覧になってみて下さい。
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一巻は追加エピソード裏章を多数追加。
タクミ視点では書き切れなかったお話を裏章として、五話ほど追加しており、レイアやアリス、ヌルハチやカルナの前日譚など書き下ろし満載でございます。
二巻は全編がかなり変更されており、さらに裏章も追加されてます!
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書籍版も是非、よろしくお願い致します!
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これから応援してみよう、という優しいお方、下のほうにあるブックマークと「☆☆☆☆☆」での応援よろしくお願いします!
すでにされている方、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
茄子炒め 様から素敵なレビューを頂きました。
いつも応援ありがとうございます!
言葉にならないほど感謝しています!
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