百九十七話 剣術秘伝書
「……タクミ、帰ってこないわね。いまから私の偽物と入れ替わってこようかしら」
サシャとクロエが来てから、数日経ったがタクミさんはまだ帰ってこない。
始まりのパーティーによるペット探しは、かなり難航しているようだ。
「やめたほうがいいです。ヌルハチの探知魔法でも道に迷いますから。おとなしくタクミさんを待ちましょう」
「待ってたわよっ、そりゃもう長いことっ、でも来なかったのよっ、王子様はっ!」
「タクミさんは、王子様じゃありませんからっ!」
タクミポイントの時といい、この王女はなかなか油断できない。
クロエも余計なことしなくてよかったのに。
「でも、ほんまにひまやな。レイアが変なダイエットでもしよかて思うのもわかるわー」
「へ、変なダイエットとはなんですかっ、私は決死の覚悟でっ」
胸さえ、胸さえちっちゃくならなければ、もっと続けていたのにっ。
この巨乳黒蜥蜴め、乳もげ落ちてしまえ。
「仕方ないわね。タクミが帰ってくるまで修行でもしていましょうか。今のままだと、私たち、ただの足手まといよ」
「おっ、ええこというやん。うち、ドラゴンになられへんし、人間の姿で鍛えたかってん」
ふう、幼い頃から神降ろしの里で、死に物狂いの修行をしてきた私から言わせると、そんな付け焼き刃の修行など何の役にも立ちません。
「私は遠慮しておきます。タクミさんのご指導以外の修行は、無意味だと思いますので。どうぞ、お二人でご勝手に……」
「へぇ? そんなこと言っていいのかしら? いいもの持ってきたんだけどなぁ」
ニマニマと笑みを浮かべながら、サシャが懐から、本のようなものを取り出した。
「うわっ、なんなんそれっ!? めっちゃタクミ殿の匂いするやんっ!!」
「うふふふ」
え? タクミさんのっ!?
「……そ、それ、な、なんなんですか?」
「残念だけど修行に参加しない人には内緒よ。さあ、クロエ、二人でこれを見ながら、修行しましょうね」
「ちょっ、ちょっとまって、サシャ。わ、私もその修行に、さ、参加してみようかな」
みたい、みたい、みたい、私もそれみて修行したいっ!!
「え? いいわよ、そんな無理してなくても。タクミの指導以外は受けないんでしょう? まあ、でも、これは、ほとんどタクミみたいなものだけどね」
ほ、ほとんどタクミさんのようなものっ!?
私はフルスイング土下座をしながら、サシャに修行への参加を懇願した。
「これはタクミが冒険者時代につけていた日記。略してタク日記よ」
た、た、た、た、タク日記っっ!?
みたいっ! 読みたいっ! でもたいして略されてない……
「装備や荷物、全部置いて冒険者やめちゃったからね。アリスは剣を、私はこの日記をもらったの」
いいなっ、いいなっ、私もほしいっ。
「ほ、ほかになにか残ってなかった?」
「残りはヌルハチとリックで分けていたわね。どうしようもないガラクタもあったけど、それも、バ…… あれ? だれだっけ? 誰かが持っていったんだけど、変ね、思い出せないわ」
くっ、誰だか知らないが、見つけたら根こそぎ奪いとってやる。
「で、そのタク日記には、タクミ殿が冒険者時代に修行した内容が書かれてるんか?」
「ええ、そうよ、ヌルハチに剣を買って貰ったところから始まってるわ。私たちの、特に剣を使うレイアの修行に役立つんじゃないかしら?」
うっ ……は、はやく読みたい!
いや、しかし、タクミさんの修行は、私程度が真似できない壮絶過酷なものではなかろうか。
それでも、それでも、その片鱗、ほんのひとかけらだけでも、学びたい。
「それじゃあみんなで読んでみましょう」
サシャがそっ、とテーブルに置かれたタク日記を開く。
私とクロエはそれを左と右から、ぐぐぐっ、と覗き込む。
『ヌルハチに剣を買ってもらった。
記念に今日から日記をつけることにする。
大きめの剣は、持つのがやっとの重さで、まともに振りかぶれない。
これから毎日素振りをして使いこなしてみせるぞ。
お前は今日から俺の相棒、タクミカリバーだ』
タクミさんがまともに振りかぶれない?
そんな馬鹿なっ、タクミさんなら、山ほどの重さの剣も軽々と振り回せるはずだっ。
「……もしかしてこの剣、カル姉と同じ魔装備で、とんでもなく重たいんとちゃうかな?」
「き、きっとそうに違いありませんっ!」
「え? 私、持ったとき普通の重さだったよ」
サシャは剣の才能がないから、魔装備が反応しなかっただけだろう。
「……そうか、アリス様も同じだ。タクミさんからこの剣を受け継いで、すさまじい強さを手に入れたんだ」
「そ、そう? アリスは出会った頃からすでに強かったけど……」
うん、サシャではタクミさんやアリス様の力量は測れない。
間違いない。タクミさんの最初の修行は、山よりも重たい剣を使いこなす修行だ。
「大太郎法師、剣を巨大化させて」
装備していた剣を、最大まで巨大化させる。
その重さに、思わず落としそうになるが、歯を食い縛り、なんとか耐え凌ぐ。
「おおっ、剣でっかっ! ええなっ、めっちゃ修行って感じやわっ、うちも剣持ってくるから大きくしてっ!」
「え? ちょっと待ってっ、そ、それ、みんなでやるの? そ、その前にタク日記の続きを読まない? ほ、ほら、見てっ! タクミ、三日でやめてるわよっ、そこからもう、まったく剣なんて握ってないわっ!」
「そ、そうか、さすがタクミさんっ、わずか三日でこの修行をマスターしたのですねっ!」
「よ、よくわかったわね、その通り……ぜ、ぜったい違うとおもうんですけどっ!!」
うん、サシャは剣士じゃないし、タク日記を大きくしてあげよう。
「……大太郎法師」
「ぎゃああっあっっ! お、重いィィィィッ! つ、つぶれるっ! な、なにしてんのォオぉォオっ!!」
うん、まだまだいけるな、もう少し大きくしてみよう。
「い、いやぁああああぁぁあぁーーーーっ!!」
日記という名の秘伝書は、私たちを過酷な修行に導いた。




