百九十六話 ダイエットの神様
少し遅れちゃいました。
申し訳ありません。
ひまである。
タクミさんたちが昔のパーティーと冒険に出るので、留守を任されたがなにもすることがない。
芋むきの修行も完全にマスターしたし、魔剣カルナも持って行ってしまわれたので、力を吸わせる修行もできない。
食料も一週間分以上、多めに作り置きしてくれているので、ただただ毎日、食っちゃ寝を繰り返していた。
「む、ちょっと、太った気がする」
腹回りについた駄肉が目に余る。
少し前までは、きゅっ、と引き締まっていたはずだ。
できれば運動がてら、麓の村まで買い物に出かけたいが、それもタクミさんに強く止められていた。
「ダメだ。このまま怠惰な生活を送っていたら、タクミさんにお見せできないおデブな身体になってしまう」
タクミさんから新たな修行の指示はない。
そういえば、アリス様はいつのまにか子供の姿になり、レベル1から修行をやり直している。
あれはきっと、アリス様が自らに課した試練なのだろう。
「はっ! 私も自分で強くなる方法を考えろ、ということですね、タクミさん」
きっと、そうに違いない。
「よくわかったな、その通りだ」という声が聞こえてくる。
なのに私は、ただただ肥えていく、怠慢な日々を過ごしてしまった。
「見ていて下さい、タクミさん。私、今から生まれ変わります」
決意と共に、神降ろしを実行する。
それは、今まで誰も降ろしたことのない、封印された神様だった。
「レイアっ、レイアっ、大丈夫かっ! 何があったんやっ!?」
「あ、ああ、えっと、どちら様ですか?」
「なにいうてるんやっ、クロエやっ、うちのこと忘れたんかっ!」
黒蜥蜴?
霞む目をこすって、もう一度見直す。
「……ツノや羽がないじゃないですか。真似るならもっとうまく化けて下さいよ」
「いまは人間になってるんやっ、いや、そんなことより、どうなってんねんっ、家はめちゃくちゃに荒れてるしっ、レイア、ガリッガリッの細々やんかっ!!」
「ふ、ふふ、そうですか、私、細いですか? よかった、これでちゃんとタクミさんに、会いに……逝ける……」
「い、行くの字が間違っとるっ! しっかりせえっ!!」
肩を掴まれ、クロエっぽい人に、ゆさゆさと揺らされるが、振りほどく力は残っていない。
そのまま首が、かくんかくん、と上下にゆれて気持ち悪い。
「ほんまに何があったんやっ! 今、大事なときやでっ! ほらっ、ずっと囚われてたサシャも連れてきたでっ!」
クロエもどきの後ろに、タクミさんと冒険に出かけているはずのサシャもどきが立っていた。
「……あれぇ、また偽物ですかぁ?」
「タクミたちと一緒にいるほうが偽物よ。どうしたの、レイア? 顔色悪いわよ。なにかヤバい薬にでも手を出した?」
「まさか、少し修行をしただけですよ。タクミさんやアリス様に比べれば、これくらい大したことでは……ぐうぅぅ〜〜っ!!」
あ。
「え? ぐぅ? 今の音なに?」
「さ、さあ、気のせいじゃないですか?」
「いえ、けっこうな轟音だったわ。もしかして食べ物なくなったの?」
そんなことはない。タクミさんが作ってくれた保存食はまだ十分に残っている。
「なんやなんや、レイアお腹すいてるん? しゃーないな、うちのとっておきのオヤツ、食べてもええで」
クロエがトカゲを串に刺して、丸焼きにした不気味なオヤツを押し付けてくる。
「いや、いらない。お腹すいてないから」
「嘘つきなやっ! いいから、はよ食べっ!!」
無理矢理、クロエが私の口に、それをねじ込もうとした瞬間……
ぼっ、とトカゲの丸焼きは炎に包まれ、消し炭となって崩れていく。
「あつっ、熱っつぅ! えっ? なにっ? こわいこわいこわいっ! なんで、うちのオヤツ燃えてしもたんっ!?」
驚くことではない。
これが私の修行。
「……神降ろし、餓鬼。私に近づく不埒な食材は、すべて地獄の業火で焼かれることになる」
「え? なに? わ、わけわからん。な、なんでそんな神様、降ろしてしもたん?」
「過酷な試練ほど、己を強くするっ! 決してスタイルのよくなった私を、タクミさんに見てほしいからではないぞっ!」
うん、断じてちがう。
でも、まあ、修行の成果をタクミさんに見てもらうのは、仕方のないことだ。私、弟子ですからっ。
「サ、サシャっ! レイアが変な神降ろして、おかしなっとるっ!」
「餓鬼、常に飢えと乾きに苦しみ、食物や飲物を手に取ると火に変わってしまうという、決して満たされることがない飢餓の神。絶対に降ろしてはいけない六道輪廻の地獄の鬼よ」
「なんでそんなん降ろしてしもたんっ!?」
ふ、凡人には理解できまい。
常人には不可能な試練を乗り越えてこそ、タクミさんやアリス様の隣りに並び立てるいうもの……
「まあ、でも、そんなに痩せたら胸も小さくなるわよね」
はっ! い、いやぁああぁあぁあぁーーーーーーーっ!!
い、いかんっ、いかんぞっ、すっかり忘れていたっ!
タクミさんは巨乳が大好きだったっ!
か、確実にふた回りは小さくなっているっ!!
「あれ? レイア、どうしたの? 修行頑張るんでしょ? 応援するわよ」
目が笑ってないのに、ニッコリと笑う断崖の王女。
さらにその横で、クロエが巨乳をこれみよがしに見せびらかしてくる。
うん、この二人、やっぱり本物だ。
私は二人に気づかれないように、餓鬼の首をキュッとしめて、神降ろしを解放した。




