百九十五話 幻喰
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過去回想は一気に加速する。
行方不明になっていた、大王の息子のゴブリン。
痩せ細ってヒョロヒョロの、どんなゴブリンよりも弱々しかった、そのゴブリンは、ほんの少しずつ、ゆっくりゆっくり成長していく。
「でも、超倍速だからめっちゃ早い」
本来なら数年かかる工程が、数日で終了する。
気がつけば、ひ弱だったゴブリンは、そこそこ逞しくなっていた。
「もうあれがゴブリン王で間違いないよな?」
【そちらはお答えできない設定になっております。リック様は、自らターゲットを見つける、ハードモードを選択されました】
うん、今はそういうの、いらなかったなぁ。
『タ、タッくん、これ、おわるん? も、もうすぐかえれるん?』
「おお、カルナっ! 正気に戻ったのかっ!?」
『目が覚めた気分やわ。景色めっちゃ早いやんっ。一瞬で朝から夜になるやんっ。ゴブリン王、強くなってるやんっ』
現在は千倍速モードなので1日が8.6秒で終わる計算だ。
「……99%、あれがゴブリン王だと思うんだけど、まだ魔法を覚えてないんだよなぁ」
ゴブリン王といえば、魔法に特化しているはずだが、かなりの年数が経っても、鍛えられたのは身体能力だけだ。
このまま何千年鍛えても、俺たちが知るゴブリン王になれないんじゃないか、と不安になってしまう。
「千里眼の水晶さん、もっと早い倍速ってできる?」
【はい、千倍モードの上に、万倍モードと億倍モードがございます。ただし、これ以上速度を上げると視認できなくなり、保護された記憶を見逃す可能性がございますが、よろしいでしょうか?】
「う、うーん、それはマズいなぁ、やっぱり、このままでお願いします」
必ずしも、強くなってから保護された記憶の出来事があるとは限らない。
このまま、千倍モードで見ていたほうがよさそうだ。
『あ、タッくん、なんかゴブリンたち、騒ぎ出してへん?』
「ん? なにかはじまるのか? ちょっと通常速度に戻してくれっ!」
【了解致しました、タクミ様】
▶️
ゴブリンたちが住む大きな洞窟に、いきなり咆哮が響き渡った。
黒い鱗を纏った巨大なドラゴンが天井を突き破り、ゴブリンたちを踏み潰しながら降臨する。
『あ、あれっ、もしかしてっ、じ、じいちゃんっ!?』
「えっ! あのドラゴンっ、古代龍なのっ!?」
確か古代龍は黄金の鱗を纏っていたはずだ。しかも、俺の記憶だと、あと三倍くらいデカかった。
『まだ、第一形態の若いときや。じいちゃん、もしかして雑魚のゴブリンいっぱい倒して進化したんか? なんか残念やわぁ』
「いや、カルナ。弱い敵をたくさん倒してレベルを上げるのは、基本プレイだ。序盤に雑魚モンスターを倒してレベルアップしないと、後から強い敵にやられてしまうからな。古代龍は間違っていない」
『え? タッくん、それ、なんの知識? なんでタッくんがそんなこと知ってるん?』
はっ! これはあっちの世界に行ったときにやり込んでいたゲームの話だ。
「う、うん、まあ色々と、ね。あっ、それよりゴブリン王(仮)はっ!?」
『あそこやっ、タッくんっ!!』
さすが、というべきか。
他のゴブリンたちとは違い、古代龍が現れた瞬間に、洞窟の出口にむかって猛ダッシュをかけていた。
やられている仲間のことなど全く気にせず、ゴブリン王(仮)のスピードは加速する。
「すごい逃げっぷりだ。やっぱりアイツが……」
『いや、タッくん、これ、逃げられへんで』
「えっ?」
古代龍が後方で無数のゴブリンたちを相手にしている間に、ゴブリン王(仮)は、一度も振り返らず出口の前に到達する。
これは、もう完全に逃げ切ったはず……
ごんっ、と大きな音が響いて、ゴブリン王(仮)がのけぞりながら後方に吹っ飛んだ。
『じいちゃんの結界や。洞窟全体を覆っとる。一匹たりとも逃すつもりはないみたいや』
「え、えげつないな、昔の古代龍」
古代龍の結界をガンガンと叩き、壊そうとするゴブリン王(仮)。
しかし、ただ手の皮がめくれ、透明な壁に血の手形がついていくだけだ。
「こ、これ、もうダメなんじゃ……」
『ほ、ほんまやな、あの子、やっぱりゴブリン王とちがうんかなぁ』
「くそっ、あきらめるなっ! そうだっ、カルナ、古代龍を止めてくれっ!」
『いやいや無理やよ、タッくんっ、これ、過去回想やでっ、うちらの声も姿も、聞くことも見ることもできへんっ!』
そ、そうだった。
くそっ、どう見てもアイツがゴブリン王なのにっ。
ずしん、ずしん、と洞窟を揺らしながら、古代龍が近づいてくる。
「お、大きくなってるよ、しかも、鱗が……」
『あかん、最悪や。じいちゃん、進化寸前やったんや』
パキパキと黒い鱗がはがれていき、そこから眩しい光が洩れていく。
大量のゴブリンを倒した古代龍が、あの黄金の姿へと変わろうとしている。
「……ごぶごぶごぶ、ごぶぶ、ごぶごぶごぶごぶぶ」
《……あきらめない、ボクは、絶対にあきらめない》
最後まで、諦めず結界を叩き続けるゴブリン王(仮)。
だが、それでも、結界には傷一つ……
「あれ、カルナっ、出口のとこに、なんかいないか?」
『え? なに? なんも見えへん…… あっ!』
とんっ、となにかが軽く結界に触れた。
その瞬間、まるでガラス細工のように、パリンっ、と音を立て、結界が粉々に砕け散る。
見たことことがある光景だった。
アリスが四神柱の結界を破った時のように、ゴブリン王(仮)にパラパラと結界の破片が降りかかる。
『じ、じいちゃんの結界がっ!? まさかっ、ゴブリン王(仮)が破ったんっ!?』
ちがう。
俺にははっきりと見えた。
小さな手が、外から結界に触れたんだ。
『タッくんっ、あれっ!』
「ああっ! アイツっ、逃げながら砕けた古代龍の結界を食べてるよっ!」
まったく魔力がなかったゴブリンに、膨大な魔力が宿っていく。
「やっぱりアイツがゴブリン王だ」
そして、結界を破った、あの小さな手。
ゴブリン王の保護された記憶が始まった。