百九十四話 インテリジェンスクリスタル
「ごぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶ」
目覚めたら、ゴブリンまみれの洞窟だった。
360度見渡す限りのゴブリンたち。
前に襲撃を受けた時は、全部ゴブリン王の分身でみんな同じだったが、コイツらは全部、微妙に違う。
大きいのやら小さいのやら、太ってるのやら痩せてるのやら、背の高いのやら低いのやら、傷だらけで耳がちぎれているのもいる。
「ま、まずいぞ。ゴブリン王の過去を見にきたのに、ど、どれがゴブリン王か、まったくわからない」
いきなり最初からつまずいてしまう。
千里眼の水晶め。
わかりやすいように、印かなにかつけといてくれよ。
「ごーぶ、ごぶこぶ」
どうやらゴブリンたちは夕食の準備をしているようで、よくわからない肉を切り刻んだり、鍋で煮込んだりしている。
「くそっ、この過去回想、いったいどこから始まってるんだ? ゴブリン王が最弱だった頃かどうかもわからないぞ」
『落ち着いて、タッくん。じっくり観察して候補を絞っていこ』
「カルナっ、ついてきてくれたのかっ」
『当たり前や、過去回想いうたらうちやからな。始まりのパーティーで冒険してるときは大人しくしてたけど、こっからは喋らせてもらうで』
なるべく始まりのパーティーを再現したいというヌルハチの意向から、普通の剣のふりをしていてくれたカルナ。
どうやら、かなり前から話したくてうずうずしていたようだ。
「た、頼もしいな。ヌルハチやリックもどこかで見ていると思うし、焦らず探していこうか」
『大丈夫や。ゴブリン王の分身たちと前に戦ってるし、似たようなんいたら、うちが一発で見つけたるわ』
そんな余裕があったのは最初だけだった。
1日が過ぎ、3日が過ぎ、1週間が過ぎ、1か月が経過する。
俺たちはいつまで経っても、どいつがゴブリン王なのか、まるでわからないままだった。
『タッくん、もうええわ。アレがゴブリン王ということにしとこ。ちっちゃいし、弱そうやん。もうあれでいいって』
「だ、ダメだよっ、小さくても強いのいっぱいいたよっ、最初カルナが俺に注意してたじゃないかっ」
『えー、そんなんいうたかなぁ、毎日毎日、ゴブリンばっかり見て、うち、もう完全に飽きてしもたわ』
過去回想の間は時間の概念がなくなっている。
ここで、数年過ごしても恐らく、外では数秒しか経っていない。
しかし、確かにカルナの言う通り、毎日ほとんど外見が同じゴブリンばかり見ていたら、頭がおかしくなってくる。
「そ、そうだな、でもどうせなら、あのボスゴブリンにしないか? いつも偉そうだし、身体も一番大きい。なにより頭に王冠を被っている」
『ええっ、ないわぁ、そんなあからさまな引っかけに、なんで引っかかってしまうん? 恥ずかしいわぁ』
「いや、別にアレがゴブリン王だとは言ってないよ。やがて、ゴブリン王がゴブリンたちの王になるなら、アイツに絡んでくるのは間違いないだろ? 今はあのデカいのがボスなんだから」
『そ、そうやんな、タッくん、や、やるやんか。かっこええわぁ』
「そ、そう? うまくいくかな? イベント始まるかなっ」
『始まる、始まるっ、もうすぐにでもゴブリン王発見イベント始まってしまうわっ』
疲れていたのだろう。
何も解決してないのに浮かれる俺たち。
そして、何も進展しないまま、さらに一年が経過した。
「ごぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶ」
『うるさいわっ! ごぶごぶごぶ、うっさいわっ!!』
カルナがブチ切れている。
もう我慢の限界らしい。
『ぜんっぜんっ、何も起こらんしっ、おまけに1年前より増えとるやんっ! さらにわからんようになってしもたわっ! もうええっ、かえるっ! ゴブリン王の記憶なんてどうでもええっ!! うち、おうちかえるっ!!』
「ど、どうやって?」
「あぁっ! わ、わからん……わからんやんっ! いやぁぁぁああああ!! 帰り方わからんっーーー!!』
ま、まずい……カルナが壊れかけている、いや、もうちょっと壊れてるっ!
「ごーぶ、ごぶごぶっ」
ゴブリンたちは相変わらずのんきにご飯を食べて、いつものようにダラダラと過ごしている。
「くそっ、せめて、アイツらが何を言ってるかわかれば、ヒントになるのにっ」
【翻訳機能を使いますか?】
「へ? カルナ、いま、何か言ったか?」
『……ごーぶ、ごぶごぶ』
ち、ちがう、カルナじゃない。カルナはすでにぶっ壊れて、ずっとごぶごぶ言っている。
だったら今のは……
「もしかして、千里眼の……」
【はい、その通りです。あらためて質問します。翻訳機能を使いますか?】
え? 喋れるの? 千里眼の水晶さん?
そういえば、今までの魔装備たち、みんな普通にしゃべってたよっ!
そんな便利な機能あるんだったら、そっちからどんどん話しかけてよっ!
一年も無駄にしちゃったじゃないかっ!!
「はい! 翻訳機能をお願いします!」
【かしこまりました。只今よりゴブリン語を全て共通言語に翻訳致します。また御用がございましたらお呼びください】
「あっ、一人だけ先に帰すことって、できないかな?」
【申し訳ありません。団体様ログインとなっておりますので、お一人様のご帰宅は出来かねます】
そ、そうなんだ。団体ということは、やっぱりヌルハチやリックもどこかで見ているのかな。
「カルナ、もうちょっと頑張ってくれ。翻訳機能もできたし、すぐにゴブリン王を見つけてやるからな」
『ごぶご〜ぶ、ごぶこぶご〜ぶ』
うん、カルナのごぶごぶは翻訳されないのか。
まぁゴブリン語ではないしね。
でも他のゴブリン語と混ざってややこしいから、ちょっと黙ってて。
《行方不明だった大王様の息子が帰ってきたらしいぞ》
《えっ? あの役立たずが? 荒野に捨てられたのに生きていたのか》
おおっ、よかった! ちゃんとゴブリンたちの言葉が翻訳されているっ!
しかも行方不明だった大王の息子だって?
そいつ、かなり怪しくないか?
「いけるぞ、これっ、本当にすぐゴブリン王見つけて、過去回想から帰れるぞっ!」
【申し訳ありません。お喜びのところ申し訳ないのですが、ゴブリン王様を特定されても、保護された記憶を発見するまで終了できない設定になっております】
ああっ! そうだったっ! あまりにゴブリン王が見つからないので忘れていたが、それを見にやってきたんだったっ!!
「え、えっと、もしかして、かなり長い年月、帰れない可能性があるのかな? だ、だいたいでいいから、その記憶がいつごろ見れるのか、教えてくれない?」
【はい、あと三千と二百年ほどです。でも安心して下さい、現実世界では30分くらいの出来事となりますので……】
「……さ、三千……」
目の前が真っ暗になり、頭が空っぽになる。
「ごぶごぶ、ご〜ぶご〜ぶ ……ハッ!?」
や、やばいっ、俺までごぶごぶ言い出したら、本当に帰れなくなってしまうっ!
「あ、あの、早回しとか、スキップ機能ってないんですか?」
向こうの世界で見たDVDのように、無駄な所を飛ばせたら、とダメもとで言ってみる。
【もちろん、ございますよ。巻き戻しや、一時停止、倍速機能もご利用下さい】
う、うん、で、できるんだ。
そういえばソネリオンが魔装備は持ち主に似ると言ってたな。
リックに似た、話しかけないと話さない千里眼の水晶は、過去回想を超倍速で再生した。




