百九十二話 ダークホース
始まりのパーティー。
俺があまりにも最弱だったため、ヌルハチが集めてくれた精鋭達。
大賢者のヌルハチ。
戦士のリック。
僧侶のサシャ。
荷物持ちの俺。
そして、アリス。
やはり、しっくり来ない。
ぽっかりと何か一つ空いているような、そんな感覚が常にある。
「今回は『彼女』のペットを探してボルト山の頂上まで登ってみる。また迷うかもしれんが、そんな事を恐れていては、冒険者とはいえん」
久しぶりにみんな(一人は偽物だが)が集まったからか、ヌルハチのテンションが妙に高い。
背負い袋がぱんぱんになる位、魔法の道具を用意して山を登り始める。
「荷物は俺が持つよ。いつもそうだっただろ」
「……いや、昔とは違う。タクミは随分と逞しくなった。ヌルハチの魔法も覚えたし、神降ろしすら使えるのだ。ちゃんと戦力として役に立ってもらうぞ」
え?
いやいやいや、まだまだ全然逞しくなってないよっ。
そりゃ子供アリスに負けないために必死に修行してるけど、パーティーのみんなに比べたら天と地ほどの差が……
ぽんっ、と肩に手が置かれる。
リックだ。
俺の気持ちがわかったのか、ただ無言で頷き、そのまま横を通り過ぎていく。
そうか、リックも認めてくれたのか。
少し嬉しくなって、誰にも気づかれないように小さくガッツポーズをとると……
ぽんっ、と再び肩に手が置かれた。
偽サシャだ。
さっきまで太っていたのに、今度はガリガリに痩せてるよっ!
本物とは似ても似つかない、いやらしい笑顔で微笑んでくる。
台無しだよっ! いい雰囲気の全てが吹っ飛んだよっ!!
無言で、そっと偽サシャの腕を払い退け、目を合わせずにスタスタと歩き出した。
「ふわぁ、ちゃくみ、もうついた?」
大きなあくびをしながらアリスが尋ねてくる。
昼寝の途中で起こしてしまったので、まだ眠いみたいだ。
「いや、まだけっこうかかりそうなんだ。ねむかったらおんぶしようか?」
「だいじょぶ、ありしゅ、へいきだよっ」
「そうか、えらいな、もう少しだから頑張ろう」
頭をなでなですると、にかー、と嬉しそうに笑うアリス。
だけど本当は、もう少しかどうかなんてまったくわからない。
やはり、前回と同じように同じ所をぐるぐると回っているような気がする。
「むぅ、これは探知魔法を拒絶してるのではなく、中和しているのか? 厄介じゃな、これまでに見たことがないものじゃ」
大賢者がフル装備の魔法を駆使しても、突破できない。
もしかしたら、探しているペットは、『彼女』と同等の力を持っているんじゃないだろうか。
「……千里眼の水晶にも写らない」
リック曰く、かなり貴重な魔装備で、ボルト山全域を必ず映し出す水晶らしい。※
「次元が歪んでいるのか? 片方の目が閉じている。我々の知る世界とは違うところに迷いこんだか……」
違う世界?
まさか、俺がしばらく過ごした、あの新世界に関係があるのか?
「大丈夫ダヨ。みんなで力を合わせタラ、どんな困難も乗り越えてイケルヨー」
うん、サシャ、そんなこと言わない。
もう帰ってもらっていいんじゃないの?
まぁ、迷ってるから帰せないけど。
「前回は月明かりが導いてくれたが、正午過ぎだし、まだ何も起こらないな。このまま夜を待ってみるか?」
「いや、今回は探索だけが目的ではない。このパーティーで冒険することに意味があるんじゃ。タクミは何か感じておらんか?」
確かに、このパーティーで行動していると、違和感がどんどん大きくなっていく。
「……もう一人、誰かがいたような気がする。でもそれが誰なのか、思い出そうとしても思い出せない。そこだけ霧がかかったようにボヤけてるんだ」
「ふむ、ヌルハチもまったく同じじゃ。リックはどうかの?」
「……たぶん、二人よりも強い違和感がある。俺がいま、生き返ってみんなといられるのは、その思い出せない誰かが助けてくれた、……そんな気がするんだ」
ああ、そうだ。
あの時、消えてしまう寸前だったリックを誰かが繋ぎ止めた。
サシャだけじゃない。
あの時、そこにいたのは……
『なん…、オイ……役目は子守……かい』
一瞬、微かな声が聞こえた気がして振り返った。
しかし、そこには、なぜか満面の笑みを浮かべた偽サシャしかいない。
「アタシももう1人いたと思うーーー」
「お前、もうふざけてるだろっ!!」
せっかく思い出しそうだった記憶が吹っ飛んで、偽サシャにつかみかかる。
「落ち着け、タクミ。ジャスラッ君も悪気があったわけじゃない」
悪気まみれだよっ! あともうジャスラッ君て言っちゃってるしっ! リックも仲良かったからって甘いんだよっ! なんか、もうめちゃくちゃだよっ! 絶対思い出せないし、ペットも見つからないよっ! ※
『ぷっ』
今度は微かな声じゃなかった。
明らかに、耐えきれずに漏れたような笑い声。
そして……
『くっ、くくっ、お、おまえら、ほんとっ、ぷはっ、ワッハッハッハッハッ!!』
ついに爆笑してしまう、謎の声。
聞いたことあるっ! 聞いたことあるぞっ、この声っ!!
いつもピンチの時に助けてくれた。頼れる兄貴のような存在。
ぼんやりと、髭を生やしたおっさんの顔が浮かんでくる。
あれ? 最近、その顔、タクミ村で見たような……
『おっと、いけねえ、今のはナシだ』
ぱんっ、と大きく手を叩くような音がした瞬間、頭の中が真っ白になった。
「あ、あれ? 今、大事なことを思い出しかけたような……」
必死に記憶を辿るが何も思い出せない。
それどころか、ここ数分で何があったのか、頭の中からまるまる消えている。
「なんじゃ、これは? ヌルハチが張っておった波動結界がいつのまにか、すべて壊されておる」
「……バカなっ、事象を書き換えたのかっ!?」
ま、まさかっ!『彼女』かっ!?
「あれ? みんな、どうしたんですか?」
「えっ!?」
皆が数分間の記憶を失い動揺する中、一人だけ平気な顔で首をかしげている。
「ふむ、あったことをなかったことにされたようですね。失われた禁魔法にすらない御業ですか。だが、この断崖の王女、サリア・シャーナ・ルシアにはまったく通用致しませんっ!」
帰さなくてよかった。
謎の声の手掛かりに初めて足を踏み入れる。
唯一、記憶を失わなかったパーティーメンバー。
サリア・シャーナ・ルシアじゃないけどね。
※ 千里眼の水晶は「第二部 五章 閑話 大武会・アリス大戦6【エンド】」に登場しています。よかったら読み返して見てください。
※ ジャスラックとリックは仲良しです。「第一部 四章 二十二話 魔王の確率」を読んで見て下さい。