閑話 サシャとアザトース
「どうして、タクミは助けにこないのかしら? アザトース」
ルシア王国の王室で、本日、七回目のサシャの言葉に頭を抱える。
最近、衝動買いにも飽きてきて、一日中、愚痴を聞かされるからたまったもんじゃない。
「すでにタクミとは同盟を結んだからな。もはや人質とは思われていないのだろう。タクミの元に帰りたければ、いつでも帰っていいのだぞ。すぐに馬車も用意する」
「ダメよ。囚われの王女は王子様が助けにきてくれるものよ。タクミが来るまで私、帰らないわ。絶対に」
うん、今それどころじゃないんだけどね。
こっちの世界を侵略しようとしていた私がいうのもなんだが、今、ものすごい世界の危機だからね。
忙しいから本当に早く帰ってほしい。
「だいたい貴方が悪いのよ。あれだけ好き勝手やっておいて、途中でラスボスの座を奪われるなんて」
「それについては何も言えん。「彼女」の行動はあまりにも予想外すぎた」
いくつかのパターンを予測し、それぞれに対応する策も練っていたが、「彼女」の思考は、想定を遥かに上回っていた。
やはり一番の原因は一緒にいるはずだった、あの子が側に居なかったことか。
アサやヒルに探索を頼んでいるが、一向に連絡がこない。
「彼女」を見張っているバッツを呼び戻し、探索に加わってもらうべきか…… ※
「ねえ、聞いてるのっ、アザトースっ!」
しまった。全く聞いてなかった。
でも聞いてないとバレたら、また何か買わされてしまう。
ルシア王国の財政をこれ以上赤字にするわけにはいかない。
「あ、ああ、そうだな、まったくそのとおりだ」
「ほんとっ、じゃあいますぐ『彼女』と戦いにいくのねっ、大丈夫よっ、ちゃんとお墓は建ててあげるわっ」
「えっ? ……ええっ!? あ、ああ、うん、そうだな、まったくそのとおりだ」
え? 私、戦いにいくの?
匠弥、頼むから早く迎えに来てやってくれ。
お父さんは、困っているよ。
「よ、よし、準備が出来次第、すぐにでも向かおう。あ、ああ、そうだ、その前に四神柱たちにご飯をあげないといけないなぁ」
とりあえず、時間を稼いで、その間になんとか行かないで済む方法を考えなければっ。
「彼女」と戦ったら骨どころか、細胞の一つも残らず消し去られてしまう。
「さ、さあ、お前たち、今日もいっぱい食べ…… あ、あれ? 白虎はどうしたんだ?」
にょろにょろ青龍と、亀の玄武はいるが、白虎の姿が見当たらない。
「なにしてるのよ、エサなら私があげるから、早く行ってきなさい」
「い、いや、白虎が見当たらないんだ。どこに行ったか知らないか?」
「あら、そういえば最近見てないわね。まあ、猫なんてすぐどっか行ってすぐ帰ってくるわよ」
「……いや、猫じゃなくて虎なんだが」
「え? 同じようなもんでしょ? どこか違うの?」
「……まあ、いろいろと、な」
このタイミングで白虎がいなくなったのは、なにかがあったと思うべきか。
『彼女』に可愛く変化させられたとはいえ、白虎の不正を見抜く力は衰えていない。
「……『彼女』がなにか不正をして、それに白虎が反応しているのか。もしかしたら白虎こそが『彼女』に対抗する重要な鍵となるやもしれん」
「え? なに? まさか、猫がいないから行かない、なんて言わないわよね?」
「そ、そんなわけないだろ。だ、だが、出来れば万全の体制で挑んだほうがいいだろう? 私とて、もう一度、ラスボスの座には返り咲きたい」
うむ、もはやそんな気力は失われている。
未だかつて、『彼女』と勝負して一度も勝てたことはないからな。
なんとか言いくるめて、とにかく今日の出発は延期に……
「わかったわよ、それなら猫は任せなさい。どうせ近くにいるんだから。ルシア王国中に迷い猫の張り紙を貼れば、速攻で見つかるわ」
「そ、そうか、面倒をかけるな」
逃げて、白虎。
今は帰って来なくていいから、全力で逃走してっ。
「それにしても情けないわね。どうして男って、みんな尻にひかれるのかしら。もっと堂々として威厳を持ってほしいもんだわ」
「も、申し訳ない、前向きに検討していく」
うむ、無理だな。
この世界の女子、なぜかみんな、えらく強いから。
いつのまにか人質だったサシャにも、まったく逆らえなくなっている。
匠弥、気をつけろ。
お前もきっと、尻にひかれることになるぞ。
「ああ、そうだ、迷い猫の張り紙を作るなら。ついでに探してほしい子がいるんだが、頼まれてくれないか?」
「ん? 別に構わないけど。もう一匹の四神柱、朱雀なら『彼女』の元にいるんじゃないの?」
「いや、朱雀じゃないんだ。その子は……」
「昔から私のそばにいた、大切な子よ」
全身が凍りついたように、固まった。
さっきまで、軽口を叩いていたサシャも、ダラダラと大量の汗を流している。
いつからいた?
いや、最初からそこにいた。
王室の王座に座りながら、『彼女』はいつものように穏やかな笑みを浮かべている。
「さあ、王子様が来る前にパーティーの準備を始めましょう」
気に入らない事はなかったことにする。
そして、簡単にそれを上書きしていく。
『彼女』は、ずいぶん前からそうであったように、ルシア王国の女王として、最初からそこにいた。
※ アザトースに依頼され、バッツが『彼女』の偵察をしているエピソードは、「第六部 一章 閑話 彼女とバッツ」に載ってます。
少し前ですが、よかったら読み返してみて下さい。




