百八十七話 アニマルコミュニケーション
「錆とりに結構時間がかかりますね。仕上がりは夕方すぎになります」
ペット捜索遭難事件から一週間。
対策を思いつくまでしばらく捜索はお休みとなった。
その合間に、取り戻した魔剣カルナのメンテナンスにソネリオンの店まで来たのだが……
「うーん、結構かかるな。ちょっと買い物に行って来てもいい?」
『えっ? タッくん、うちとこのおっさん、二人きりにするん? 心配やない? うち、やらしいことされるかもしれへんでっ』
「大丈夫、ソッちんは魔装備にそんなことしないから」
「当然でございます、タクミ様。私、全ての魔装備を愛しておりますので。それはもう懇切丁寧に、ねっとりたっぷりとメンテナンスさせて頂きますよ」
カルナを握りしめ、恍惚の表情を浮かべるソネリオン。
「なるべく早くもどるよ。頑張って綺麗になるんだぞ、カルナ」
『いやぁああああっ、まって、タッくんっ、こわいこわいっ! めっちゃこわいって、タッくんっ!!』
聞こえないフリして、店を後にする。
俺のとこに来る前はソネリオンのとこにいたわけだし、ちょっと照れてるだけだろう。うん、そうに違いない。
このところ、なにかとバタバタしていたし、麓のタクミ村に来るのも久しぶりだ。
珍しい食材や、ペット捜索に役立つ道具、ついでにみんなへのお土産も探してみよう。
特に目新しい店はないが、のどかな光景に心が落ち着く。
やっぱり、煌びやかな新世界のビル群よりも、こっちのほうが俺に合っている。
ゴブリン王ジャスラックの討伐から、魔物も出なくなったし、まさに平和そのもので……
「タ、タクミ様っ、大変ですっ、街の広場に怪物がっ!」
「いやぁ、今日も街は平和だなぁ」
聞こえないフリして通りすぎようとしたが、村人に、ぐいっ、と腕を掴まれた。
「は、早く来てくださいっ! み、見たこともない、化け物なんですっ!」
「う、うん、そうしたいのはやまやまなんだが、今、剣をメンテナンスに出していて……」
「冗談を言ってる場合ではありませんっ、タクミ様なら素手でも朝飯前でしょうっ、早く来てくださいっ!」
無理無理無理無理むりむりむりむり。
だって、あなたの腕もふりほどけないよ。
全力で抵抗しているけど、ずるずると引きずられてるよ。
少し修行頑張ったけど、まだ村人Aより力がなかった。
「ちょっ、まってっ、今日、体調わるいんだっ、朝から微熱があって、喉もいがいがするしっ、そ、そうだっ、仲間を連れてくるからっ、あっ」
「ブモォオオオオォオっ!!」
街の広場の中心で、巨大なモウの頭に人間の身体を持つモンスター、ミノタウロスが斧をぶんぶんと振り回しながら、雄叫びをあげていた。
うん、絶対無理。
鼻息だけで吹っ飛ばされそう。
「みんな、タクミ様が来てくれたぞっ!」
やめてっ、大声ださないでっ、気づかれちゃうよっ!
「おおっ、タクミ様だっ!」
「これでもう安心だっ!」
「久しぶりにタクミ様の勇姿が見れるぞっ! ありがたやありがたや」
そんな願いも虚しく、ミノタウルスを囲む村人たちが一斉に盛り上がる。
勇姿なんて、一度も見せたことなかったよね?
「ブモォッ」
ああ、おわった。
俺に気づいたミノタウルスが、鋭い眼光で睨みつけ、こっちに向かってやってくる。
「さあ、タクミ様、身の程知らずの化け物を軽くやっつけちゃってください」
ようやく村人Aの腕から解放されたが、もはや逃げられない状況だ。
ここは、もう転移の鈴でヌルハチに来てもらうしか……
「ああぁぁあぁっ!!」
突然、俺が大声を出したので村人たちと同時にミノタウルスまで、びくんっ、と身体を震わせる。
「さ、さすがタクミ様っ、気合いだけで化け物が怯んでいますぞっ!」
うん、黙れ村人A、それどころじゃない。
いつも腰にぶら下げていた転移の鈴。
カルナのメンテナンスのついでに、サービスで磨いてくれると言ったからソネリオンのところに置いて来たんだった。
「ブフォっ、ブフォっ、ブモォオオオオォオっ!!」
しかも、大声でびっくりさせたせいで、ミノタウルスさんの怒りがマックスまで上がっておられる。
「村人A、村人A」
「え? オイラのことですか?」
「うん、いますぐソネリオンさんとこから剣を取ってきてほしいのだが、ついでに鈴も」
どうしてそんなものいるの? みたいな目でみないでほしい。
カルナやヌルハチの助けがないと、俺、簡単に倒されちゃうから。
「はっ! も、もしかして、タクミ様はっ!」
やっと気づいてくれたのかっ!
本当の俺は、駆け出し冒険者レベルの糞雑魚なんだよっ!
「タクミ様が剣でなく素手で攻撃してしまうと、手加減ができず、街まで破壊してしまうということなのですねっ!!」
うん、全然気づいてくれてなかった。
もういいや、とにかく早くカルナと鈴を持ってきてほしい。
「よ、よくわかったな、その通りだ」
「わかりましたっ、すぐに取ってまいりますっ!」
「ブモっ!? ブモブモブモブモブモブモっ!!」
なぜか、ミノタウルスまで反応して警戒の姿勢をとっている。
まさかコイツ、人間の言葉がわかるのかっ。
ミノタウルスが身を低くして、鋭い頭のツノをこちらに向ける。
後ろ足で、強く蹴った地面から激しく砂塵が舞い上がっていた。
本気だ。ミノさん、めっちゃ本気モードだ。
村人Aが戻るまで、なんとか時間を稼がないとっ!
俺が今できることは3つの神降ろしと2つの魔法、いや言葉が通じるなら、あの必殺技も使えるかっ!
「ブモォオオオっ!!」
「とまれっ! ミノタウルスっ!」
手のひらを突き出して、ミノタウロスを制止する。
「いいか、俺はアンブレラポーションにより、ファイナルクエストンを操ることができる。体内に侵入してお前の脳を潰すことも可能だっ! それ以上近づけば、俺のファイナルタクミクエストンが炸裂する…… ぜ?」※
あ、あれ? 止まらないよ?
もしかして、難しい言葉はわからないのか?
いや、ただただ急に止まれないだけなのかっ!?
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」
村人たちがポカンと口を開ける中、俺は、どーーん、と吹っ飛ばされた。
※ 以前にタクミがファイナルクエストンを使っている回は、「第四部 五章 百三十一話 ファイナルクエストン?」です。よろしければまたご覧になってみて下さい。